2017年03月24日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月24日(金)  緒言 幸福な人生



 また一方働いても稼いでも一向に良い運命の来ない人や、あらゆる手段方法を尽く
しても少しも頼もしい健康を獲得できない人などは、自分という人間を極めて力弱い
もののように考定し、所詮はこうした因果な生まれつきのもののようにさえ思い決め
てはいないであろうか! 

 然し、もしもそうした断定や考え方を、間違いのないもののように思惟していると
したら、人間なんてものは、名目のみ徒に万物の霊長といわれる美名をもつも、内容
は空虚な憐れな存在だということになる。そして、そういう人は、到底生涯を通じて
いわゆるより良い人生などというものは味わい得ず、徒に、運命に対しても、憐れな
虐げられた者でその一生を終わらねばならない。

 そこで先ず真面目に考えたいことは、人間とは果たして多くの人々の考えているよ
うな、つまらない下らないものであろうかということである。
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2017年03月22日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月22日(水)  放送記念日  緒言 幸福な人生



 人間! それは、一体なんであろう?

 否、人間とは、一体幸福のものであろうか、不幸なものであろうか?

 特に、病や、運命に対して、果たして、強いものであるか、それとも弱いものであ
るのか。

 敢てお尋ねする。諸君は、こうした対人間観をしんみりと静かに考察せられたこと
があるか、どうか。

 私は、いつも現代の世相や、お互い同胞の行動を、この眼で看この耳で聞く度に、
そういう疑問が頻りと湧いてくる。

 尤もこういえば、今日只今の生活苦に直面している自分たちに、そんなことを考え
る余裕があるかという人が相当多いと思う。

 それも、たしかに一面に存在する理屈に違いない。形容の出来ない複雑さと悲惨な
状態という現象事実の中に生活しなければならぬようにされている人々は、到底落ち
ついて、内観的に人間というものを考えて見るなどということは出来ないかも知れな
い。

 また真剣に考えようとしても、余りにも日々の人生に存在する相対的事実が、考え
れば考える程割り切れない疑義のみで、徒に迷うのみだという人もまた少なくないと
思う。

 そうして、そういう人は、人間というものは、どんな境涯に到達しても、活きてい
る間は終始人生苦と取り組んで活きねばならない不幸なものだという考え方で人間と
いうものを観るという断定を、かなり執拗にもっていると思う。
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2017年03月21日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月21日(火)  たたえごと



 その風格磊落活胆、世俗に卓然たる趣がある。人あって大人を評し「敏にして鈍な
り」と言ったと言うが、私をして言わしむれば、「信念の人」「勘の人」と言いた
い。蓋しそれは大人の為人・教養・学識の凡てを通じ、その根底となる所のもの概ね
信念・叡智ならざるを以てである。それかあらぬか、由来百芸に到るものは一芸に達
し得ざる憾なしとしないが、大人に於いては、耳目に触れて「道」に入らざるなきあ
りさまである。本書の刊行に就いては既に要望久しきものがあった。然るに大人の身
辺特に多忙で、今日まで遂にその機を得る遑がなかった。しかし漸く今度出版の運び
となったことは、斯道宣揚のため、大方の君子と共に慶賀に堪えない所である。

 終わりに、本書を手にし給う有縁の有志家に対し、幸あらむことを祈る。

     昭和丁亥の歳佳春       医学博士 竹内大真識 
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