2016年09月27日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   9月27日(火)  活学活人



 人間学が、あらゆる学問の中でも一番根本であって、政策だの、政論だのというも
のは手段・方法にすぎません。例えば、公害問題を取り上げてみましても議論はいく
らでもできるが、それを実際にどうするかということになりますと、結局人間の問
題、人物の問題でありまして、人間教育というものが一番大切になってまいります。
国家、国民の運命に関する問題を取り上げてみましても、やはり人間に帰着いたしま
す。これが人間にとって一番むつかしいところであり、これからまた道もひらけて貴
いものであります。いわゆる活学活人であります。



   本当の満足とは



 心の本当の満足というのは、常にできるだけ自分の言葉や行いで、よろしいか、他
人を喜ばせることを目的とする。ところが、それを何か他人の犠牲になる、そんな生
活のように考える人もありゃしないかい。

 とにかく、他人の喜ぶような言葉や行いを、人生の楽しみとするという尊い気分に
なって生きてごらん、今日から。
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2016年09月26日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   9月26日(月)  獨行道 B



 十、 物事に数寄好みなし。

 十一、居宅に望みなし。

 十二、身一つに美食を好まず。

 十三、我が身にとりて物を忌むことなし。

 十四、旧き道具を所持せず。

 十五、兵具は格別、余の道具を嗜まず。

 十六、道に当たりて死を厭わず。、

 十七、老後財宝所領に心なし。

 十八、神仏を尊み、神仏を頼まず。

 十九、心常に兵法の道を離れず。



 是れ確かに武蔵が兵法に依って証悟することが出来た「自由」の道教である。



   本来の生命は完全を望む



 すべての完成を本当に心から喜ぶ気持ちが誰にでもあって、これを壊して、今度は
こういうものを作ろうとするような代償のある破壊なら嫌いはしないけれども、代償
のない破壊は喜ばない。手に持った茶碗をちょいと落っことして壊しちゃったとして
も、急いで拾い上げてつなぎ合わせようとするだろ。不完全な姿になって、なんとな
く惜しい気持ちがするからなんだよ。

 こうした些細な事柄から考えてみても、人の生命の本来は完全を望むっていうこと
が証拠立てられる。
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2016年09月25日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   9月25日(日) 彼岸明け  獨行道 A



一、世々の道に背くことなし。

 ただ猫の眼の如く移り変わる風俗習慣の流れの中に、浮き草の様に漂うて、新を真
と心得て居る者は浅露である。達人は万古の心を思う。

二、よろず依怙の心なし。

三、身に楽をたくまず。

四、一生の間欲心なし。

五、我がことに於いて後悔せず。

六、善悪につき他を妬まず。

七、何れのみちにも別れを悲しまず。

八、自他ともに恨みかこつ心なし。

九、恋慕の思いなし。



 観念の型

 

 人間の心に何かの観念が出ると、その観念の型のとおりに宇宙根源から微妙な力が
働き出し、その観念の型が良ければ良いように、悪ければ悪いように----わかりやす
くいえば----思い方や考え方が積極的であれば、積極的なものができ、消極的なら消
極的なものができる。そういうように真理ができている。人間の境遇だとか、その人
の現在に同情するということはないのである。峻厳侵すべからずである。
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