2017年02月26日

「真理のひびき」(中村天風)

   2月26日(日)  天風箴言(十八)



 人生に 活きる際 気取ったりぶったりせぬように 心がけると どんなに 心に
余裕が出来るか わからない。



(禅の言葉に、「無碍自在」というのがある。これは心に何ら執着のないときの心の
力が、その融通性を百パーセントにして、その可能率を向上するという意味を喝破し
たものと思う。これは理屈でなく、心に何らの執着もない場合は、いいかえると心が
何もの何事にもとらわれていないときには、これを形容すれば、円転滑脱、自由自在
に、臨機応変の対応ができるものであるということは、われわれが人生において経験
する事実がしばしばこれを証明している。反対に心に何かの執着、すなわちとらわれ
があると、心の力はたちまちに委縮して、その可能率が著しく低下する。生命の生存
と神経系統の密接な関係を強く認識しなければならない。神経系統というものは人間
のいのちを活かす生活機能の中で一番大切なものいいかえれば神経系統の生活機能の
おかげでわれらの生命はこうして活きながらえていられるのである。自分は宇宙真理
を知得実行する特別の人間だとか、あるいは仲間を凌ぐスーパーな存在だとかという
ように、ことさらにぶること、気取ることを絶対に厳戒しなければならない。つかの
間といえどもゆるがせにすることの許されない金科玉条である。)



  あるがままにわれある世とし活き行かば 悔いも怖れも何ものもなし
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2017年02月25日

「真理のひびき」(中村天風)

   2月25日(土)  天風箴言(十七)



 調和という事は 真善美の美に該当するもので これは探究すべきでなく 自ら進
んで作為すべきものである。



(そも調和という事は、厳粛なる宇宙本来の面目であり、かつまた人生の実相である
と同時に、生きとし生ける生物の生命の本然の姿なのである。いいかえると調和とい
う事は、万物存在の絶対に侵すべからざる尊厳なる自然性なのである。これは論より
証拠で、「調和のあるところのみにいわゆる真の完成というものがあって、反対に調
和のないところには絶対に完成というものはあり得ない」のは、いっさいの事物事象
に明瞭に現れてくる。

 調和のないところに完全がないのと同様に、調和のないところにほんとうの美はな
いのである。もっと極言すれば、うつくしいという言葉はしっくりと調和していると
いう言葉の代名詞で、さらにうつくしいというのは完全だということになるのであ
る。常に何事何物にも「調和」ということを決しておろそかにすべきではないという
ことを、人生に対する厳粛な心得とすべきである。特に、その基本要諦となっている
精神態度の積極化ということこそは、まことに全生命に対するもっとも根本的な調和
基盤をなすという重大なものなのである。)
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2017年02月24日

「真理のひびき」(中村天風)

   2月24日(金)  天風箴言(十六)



 時は 金なりという諺があるが 真実に於いて 時は 金よりも 貴重な尊さがあ
る。



(物質礼讃のMaterialist=実利主義者 は、あるいは、「時は金なり」というこの
言葉に心からの共鳴を惜しまないであろう。しかし、金は失っても取り返すことはあ
えて不可能ではないが、時はいったん失ったら永久に現在の意識に決して戻って来な
い。のみならず、いっさいの事物の完成を看察すると、それは金の力で成しえたよう
に見えても、真実は、要約すれば時の力である。極言すればあくびする時間も、く
しゃみする時間も、取り返せないのである以上、瞬間といえども軽々に徒費すべきで
なく、心して有意義に使って活きるべきだと厳かに自戒していただきたい。そしてこ
こに、時は金よりも貴重なりという真の意義も、はっきりとわかってくると思う。)
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする