2016年01月06日

「原因」と「結果」の法則(3)困難を超えて

   1月6日(水)   小寒



 とても多くの、いわゆる知識人たちが、「理性は盲目のガイドであり、人間を真理
に近づけるどころか、逆にそれから遠ざけるものである」と主張しています。もしこ
れがほんとうだとしたら、私たちは理性を働かせないほうがいい、ということになっ
てしまいます。ほんとうにそうなのでしょうか。

 いや、違います。理性は神聖な能力であり、十分に活用されさえすれば、人間を間
違いなく《真理》へと近づけます。

 理性よりも明るい光があることは確かです。《真理》の光がそれです。しかしなが
ら、理性の助けがなければ、《真理》は決して理解されることがありません。理性の
光を用いようとしない人たちは、その姿勢を改めないかぎり、《真理》の光をいつに
なっても知覚できないでしょう。なぜならば、理性の光は、《真理》の光が反射した
ものにほかならないからです。

 理性は、人間の内側の動物的な意識と神の意識との境目に存在し、十分に用いられ
たとき、人間を闇の中から光のなかへと導いてくれるものになります。理性は確か
に、低いレベルの身勝手な活動にも利用可能です。しかし、それは理性の不十分な、
いわば誤った利用法です。私たちの誰もが、理性を十分に活用しつづけることで、や
がては身勝手な性質をもつあらゆるものから遠ざかり、《法則》との完璧な調和を達
成することになるのです。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月05日のつぶやき










































































































































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