2016年07月31日

「真理行修誦句集」----瞑想行修用----

   7月31日(日)  官能の啓発



 およそ人にしての完全領域に到達せんには、先ずその官能を常に営々として啓発
し、これを無欠完全に作り上げることが これその第一歩なり。

 誠や 官能にして無欠完全たらんか、やがては自由にそして正確に自己を統御し得
る、雄大荘厳な人生の殿堂を築きあげる崇高なる技術者たることを得ん。

 されば官能の啓発こそは、珠玉を磨きて光あらしむるに等しく、夢寐瞬忽の間とい
えどもこれが万全を期成し 怠るべくもあらず、ただひたむきに励まんかな。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日のつぶやき












































































































































posted by 林田カイロプラクティック院 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

「真理行修誦句集」----瞑想行修用----

   7月30日(土)  土用の丑の日  心の鍛錬



 神は吾人人類に 鍛錬すれば必ず鉄をも切るべき精鋭なる切れ味凄き 名剣を与え
ている。

 されどこれを名剣となすも また邪剣となすも、所詮はその人々の鍛錬のいかんに
あるがゆえ、心に心して丹念鍛冶 この業物(わざもの)を伝家の名刀として作り上
げねばならぬ。

 そしてひたすらに 神の御旨(みむね)に答え奉るようにすべしである。

 またもし誤って鍛冶宜しきを得ざれば、この剣は却って身を滅ぼすの邪剣となり、
あらでもがなの結果を来たさん。

 およそ覚者大哲の人というは、ただこの消息に目ざめて、精進彼岸に入りし人々の
ことなり。

 また凡下凡俗の輩というは、この名剣を鍛え誤りし結果 邪剣となして抱き苦しみ
悩むものをいう。

 かるが故に かりにも修道の人は、ただ何事にも一念集中してわが心を鍛冶し、神
のくだし賜える利剣の真価を発揮せざるべからず。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする