2016年08月31日

安岡正篤「活学一日一言」

   8月31日(水)  人間の成長



 人間は、妻子を持ち、友を知り、多くの人と交わり、ある程度の年齢に達して、よ
うやく本当の意味での学問・求道ということがわかり始めます。



     現実は現実でしか解決しない



 生きていることは現実なんだ。

 どんな人間でも現在、自分自身を死んでいるとは思いやしないだろ。生きている、
息してる、血がかよってる、ものを言ってる、恋をする、何じゃかんじゃ、みんな現
実なんだ。現実はどこまで行っても、現実の力以外のものでは解決できないんだよ。
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2016年08月30日

安岡正篤「活学一日一言」

   8月30日(火)  家庭の力 A



 家庭を失いますと、人は群衆の中にさまよわねばなりません。群衆の世界は、非人
間的世界です。人は群衆の中で却って孤独に襲われ、癒されることのない疲労を得る
のです。これに反して良い家庭ほど人を落ち着かせ、人を救うものはありません。



   本心良心にもとらない言動



 本心良心にもとった言葉や行いというものは、それ自体すでに消極的なんです。積
極的じゃないんであります。

 というのは、本心良心にもとると、やましい観念のために心の力は常に萎縮してし
まう。本心良心の発動した場合における言葉や行いと言うものには、一点のやましい
ことがないから、どんな場合でも恐れることはないという意味です。ですから、一言
ものを言うときでも、ちょいとした手足を動かす場合でも、本心良心にもとらないよ
うにしなければなりません。
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2016年08月29日

安岡正篤「活学一日一言」

   8月29日(月)  家庭の力 @



 家庭というものは全く人間生活の基礎であり民族興亡の拠り所でありますから、こ
れを出来るだけ正しく、美しく、力強くしてゆかねばなりません。その為には、なる
べく家族水入らずの気安さ、小ぢんまりとした手入れのとどく住宅、決して贅沢でな
い衣食、静かで、考える余裕のある生活、濫(みだ)りにならぬ社交が必要でありま
す。



    六十の手習い



 老人になると物覚えがわるくなるというが、老年になったために記憶力が減退した
のではない。大抵の老人は自身の若い時代のことなどを話し出すと、その当時の事実
を細大漏らさず実に詳細に述べる。老年になったから記憶力が減退したのではなく、
注意力が散漫になり、物事を完全に記憶しないようになったのに相違ない。

 老年者でも有意注意を習性化すると、青年に劣らぬような記憶力が作られることか
らでもこの消息は諒解される。
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