2016年08月22日

安岡正篤「活学一日一言」

   8月22日(月)  人物の第一条件



 人物たることの第一の条件は理想を持つことであって、理想を持つとその理想に照
らして現実に対する反省批判というものが起こってくる。即ち「見識」というものが
生ずるのであります。元気と理想と見識、この見識は「知識」とは違う、知識を獲得
することは簡単で、神経衰弱青年でも得られるが、「見識」は性命より生ずる理想を
追求して初めて得られるもの、理想に照らして現実の複雑な経験を断定するものであ
る。知識などとは比較にならぬものである。人生に大事なものは知識より見識であり
ます。
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2016年08月21日

安岡正篤「活学一日一言」

   8月21日(日)



 昨日で「真理行修誦句集」----瞑想行修用----。は終わったので今日から、安岡正
篤(

やすおかまさひろ)〔明治31年大阪市生まれ。大正11年東京帝国大学法学部政治
学科卒業。昭和2年(財)金鶏学院、同6年日本農士学校を設立、東洋思想の研究と
後進の育成に努める。戦後、昭和24年師友会を設立、政財界のリーダーの啓発・教
化に努め、その精神的支柱となる。その教えは人物学を中心として国民の各層に深い
感化を及ぼし、国民的教育者として今日なお日本の進むべき方向を示している。58
年12月死去。〕氏の『活学一日一言』を書いていくことにする。



    保科 正之

 徳川三代将軍家光の異母弟に、保科正之(ほしなまさゆき)という大名がいた。な
かなかの人物であった。この人が、徳川の重臣、大名である榊原忠次(さかきばらた
だつぐ)とどうも仲が良くない。幕府城内で会っても挨拶さえしない。

 万治元年になって井伊直孝(いいなおたか)が没して、老中筆頭職が空席になっ
た。こうして月日が経つがなかなか後任が決まらない。こんな時、将軍家綱は保科正
之を招き、このことを謀った。すると正之は「この大役を相勤める器量人は、榊原忠
次をおいて他にはないと存じます」と答えた。

 これを聞いて家綱は、かねて二人の間の不和を知っていただけに、あれっと妙な表
情をした。正之はすかさず、「榊原とそれがしの不和は私ごとでございます。公事と
なれば、彼の器量を推挙しないわけにはまいりませぬ」と。
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2016年08月20日

「真理行修誦句集」----瞑想行修用----

   8月20日(土)  値いある活き方への悟



 それ慮るに吾等人間とは、宇宙進化を助成するため、この現象世界に生まれ出でし
貴重なる存在なり。

 まことや!! この理解を正しくもち、この消息を正しく信じて 人生を活き行く
ものには、蓋(けだ)しその生命は 洵(まこと)に尽くることなく、又点滅するこ
となき永遠不断の実在を続くることを得ん。

 吾は今 この尊い真理を悟り得た。従って如何なる場合 如何なる事にも 私は私
の人生の尊厳を断じて汚(けが)すまい また泥ぬるまい。

 そして わが日々の生活を常に光明あらしめよう。

 そも人生とは 人それ自身が作るものである。

 されば自分はこの世に在る人の中でも、ほんとうに善良で ほんとうに積極的で、
ほんとうに完成された人間になることに努力しよう。

 そして自分が自分の人生生活の中で行う事柄は、出来るだけ 自己を本位としない
様、常に大いなる勇気と 大いなる決心とで努力しよう。同時にいつも軽率でなく 
いつも慎重で、正しい事以外には心を振り向けまい。

 そうだ!! どんな場合にも自分の現在の生活を心から感謝して楽しむのだ。

 否それを現実化するために、常に 自分の生活の中から、「活きることへの情味」
を見出すことに努めよう。

 かくして見出されたる情味こそは、生活に疲れた命へのオアシスである。と同時に
 生活に悩む心への醍醐味である。

 私は須らくこの言葉を愛し この行いを讃美する。

 さすれば宇宙霊は このよろこびに勇む心とこの真理に活きる行為に、絶えずより
よき向上という値い高きものを与え、かぎりなく恵み惜しみ給わざらん。

 さらばひたすらに努めんかな 行わんかなを厳かにわが心に、勇み躍りつ鞭うち命
ずる。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする