2016年08月18日

「真理行修誦句集」----瞑想行修用----

   8月18日(木)  信念と奇跡



 吾は今わが心の奥深くに奇跡を行い得る 神秘の力の潜在することを悟り得た。そ
して人はこの力をより良く活用することにより、人の値打ちが決定されることをも悟
り得た。

 そして今私はこの尊い現実を悟って、わが「いのち」の中に輝く尊い光を自覚す
る。

 同時に過去の一切の無価値より解脱して、格調高き人生へと、今まさに「よみがえ
る」感激とよろこびにわが心は炎と燃え立つ。

 そもや自己を作るものは 自己である。そして自己を正しく作るには、何をおいて
も 自己を正しく律することである。 

 しかも自己を正しく律せんと欲せば、ただ偏に信念を基盤とする連想の観念を、常
住わが心の中に厳かに確保せざるべからず。

 かるが故に きょうからは、如何なる時にもこの心的態度を不断のものとして、わ
が「いのち」を正しく作る自律基盤の力を、かりそめにも緩めざらんことを 虔(つ
つま)しやかに己の心としよう。
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2016年08月17日

「真理行修誦句集」----瞑想行修用----

   8月10日(水)  幸福への誦句



 それ人としてこの世に活きる時、その最も賢明なる考え方は、すべて人間の身の上
に起こった事柄は、みな自己自身が 知らず識らずの間に その原因を作ったもので
あると考えて、これを正しく処理して活きる事である。

 現実の人の世は決して夢の如くに、何の準備も将(はた)又理想をももつ事なしに
活きるべきものではない。

 要するに 常に輝かしい向上への希望を心に抱きて、愛と誠と平和という 気高い
聖なる感情で活きるべしである。

 今や私は そうした人生への最も階級の高い悟りを、わが心に得た。

 従って 私は今後 自己の人生に対する真の責務を果たさんには、須らく 自己の
生命の中の最高のもの-----即ち 霊性の許諾するもののみを実行することに、ひた
むきに心がけよう。

 そして この崇高なる理解を深く尊敬し、同時に 現実の実行を徹底せしめること
を、自己の努力の中心としよう。

 否 そうすることが、人生の一切を 最も正しく向上せしむることであり、また進
歩を確実にすることになるということを、明瞭に合点するからである。そもや無限と
相結ぼって、絶対に亡(ほろ)ぶることなき唯一のものは人の霊魂である。

 誠!!永遠の実在である宇宙霊の分派であるところの人の霊魂は、吾等の努力の行
修に拠って研ぎ上げたる積極的の心を通じて、宇宙霊の力を より多く享受する毎に
輝かしくその光を増す。

 ましてやその心に 更に愛と誠という、至純至聖のものを満たす時、妙なるかな 
その生命の全体は、期せずして立ち所に 神格化し、求めずとても至幸至福の人生を
顕現するを得る。

 されば この真理に則(のっと)って活きる私は、より一層 わが心の中に、何も
のをも憎まざる 愛の情を豊かにすることに専念しよう。特に特に昼の光が 濃い紫
の戸張のかげに、その姿を隠す「夜」ともならば、一しおにこの心がけの徹底に ひ
たぶる精進を為そう、そは夜の世界こそはわが生命が、宇宙霊の絶大なる「力」と結
び合おうとする尊い時であると同時に、心なく生くる人を向下へと堕(お)とす悪魔
の跳梁する こころ許すまじき時なれば-----。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

「真理行修誦句集----瞑想行修用----

   8月14日(日)  入聖開悟の誦句



 吾は今 わが心の中に、この世のすべてのものを正しく理解し得る、偉大なる
「光」あるものが宿り居ることを 厳かに信ずる。

 この「光」こそは この世に在る唯一つの絶対たる宇宙霊が わが霊魂の中に与え
給いし慈悲の雫である。

 又この「光」こそは わが命と宇宙霊とを、確実に結びつくるくろがねの鎖であ
る。と同時に更に真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵である。

 そもやこの「光」が、わが心の中に燦然として輝かば、尊しや 宇宙霊は 世の
人々の言う「神の啓示」なるものを、量多くわれに与えたまう。

 そして その能わざるなきの力を以て、迷いに眩(くら)むわれ等の心の眼(まな
こ)を正しく開かせたもう。

 さらば 吾は今 この厳かなる法則を、虔(つつま)しやかに行わんがために、心
の歩みを 宇宙霊に従わせて、ひたすらに真と善と美のみの上に運ばせよう。つねに
入聖指南の「弁別」の笞(しもと)を手にして----そしてひたむきに この「光り」
の発現に努めよう。

 さすればこの妙なる「光り」は、やがてわが心の中に美しき悟りの花を咲かせ、そ
の稔りを豊かにして、わが命は 常に おののく如き歓びに満たされん。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする