2016年09月18日

安岡正篤(やすおかまさひろ)「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   9月18日(日)  人事の根本



 東洋には人間を二つに分けて、仕事のできる才能の有る者と、人を率いて行く徳の
有る者とを別にしている。どんなに仕事ができても、手柄があっても、それ故に地位
を与え、禄を与えて人を支配させてはいけない人がある。又これといって仕事ができ
ないでも、その地位にその人を据えておれば、自然に治まる人がある。これを使い分
けることが東洋政治哲学の人事行政の根本問題である。これが「賞禄有功」である。

 これは『南洲遺訓』にも喧しくいっているところであり、熊沢蕃山が強調して徳川
幕府からにらまれた点でもある。



   我慢して食べることはない



 病弱者はでき得る限り嫌いなものは食せず、嗜好するものを食すようにするのがよ
いのである。

 これはちょっと考えると、すこぶるわがままなようであるが、多くいうまでもなく
食物というものは肉体を修補形成する要素である。しかるにただ滋養という名目にの
み捉われて、無茶苦茶に嫌いなものでも我慢して食すということは、何のことはない
身体自然の要求に無謀な圧迫と活力の減損だけを招致することとなり、それがいささ
かも血となり肉とならない。
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2016年09月17日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」.

   9月17日(土)  久熟する



 人間の人格・芸術・学問でも、人と人との交わりでも、なんでもそうですが、久熟
するほど値打ちがある。ぼつぼつ鼻につくなどというのは駄目であります。男女関
係・夫婦関係でも、ときがたつほど味が出る、愛情が深くなる、お互いに敬意をおぼ
えるようになってこそ、本当の関係であります。



   心に使われるな



 意志の力の煥発が不十分だと、そのできごとに対応する「心」の操縦が完全にでき
なくなり、反対にそのできごとに「心」がとらわれて、正当な判断や断定が結局不可
能となる。これはつまるところ、使うべき「心」に使われてしまうという、不合理
な、憐れな結果である。
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2016年09月16日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   9月16日(金)  出処進退



 権力や名誉等に執着したり動かされたりすることなく、しかもそれを否定せずに悠
然として自然にまかせてゆく。已むを得なければ大臣にも宰相にもなるが、時来れば
悠然として去る。そして去るにも留まるにも少しも煩悩や欲望の跡がない。こういう
事を出処進退と申すのであります。



   かりそめの気持ちでやらない



 「正義の実行」を、確実に現実化するには、何をさしおいても、平素の言葉や行為
を、いかなる場合にも、かりそめの気持ちで為すことなく、つねに、本心良心にもと
らぬよう、注意に注意して心がけねばならない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする