2016年09月08日

安岡正篤「活学一日一言」

   9月8日(木)  当代の人物



 ところが今日の大官名士を見ると、その私家の際はまずよろしい。酒も飲まぬ。喧
嘩もしない。もちろん漁色も目立ってはやらない。ダンスホールを閉鎖しろとか、待
合を止めろとか喧(やかま)しく言う。大官連中も小さくなっている。行儀が良い。
しかし国家の大事に望むと、生きているのか死んだのかさっぱり分からぬ。ひたすら
己を守るに汲々としている。ここが明治の人物と当代の人物と非常に違うところであ
る。願わくば私家の際も人生国家の大事に当たっても立派であって欲しいが、どうも
そうはいかぬ。この辺に真の教育の悩みがあります。



   「生命力」の委縮減退



 平素から生存の確保という、生活ということよりも、より以上真剣に考えねばなら
ぬことを実行していない生命には、いかなる方法手段をもってしても相対的な効果を
獲得することはできないのである。

 というのは肝腎かなめのいのちのちから「生命力」が委縮減退しているからであ
る。そのため、努力いたずらに空しくして効果極めて少なしという遺憾なる結果が心
ならずも生じてくるのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする