2016年10月31日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   10月31日(月)  ハロウィン  冷静に決然と



 余は満天下の志士仁人に、

 革命家たらんよりはまず求道者たれ。

 人を説かんよりはまず士に下れ。

 そして冷眼事を看、剛腸事に当れ、

 と提唱する。



   理想の姿を心に描く



 人生に何か不足なところがあって、もっとそれを完全なものにしたいと思うことが
あるんなら、いちばん手っ取り早く、それが自分のものになった姿を理想の上に描き
出すことです。体が悪かったら、体の悪い状態をしょっちゅう考えないで、もう治っ
た健康な状態を自分の理想の姿の上に描かなきゃ駄目だよ。運命またしかり。

 絵を画いたり、字を書いたりする時は、出来上がった姿を心に描くからできるんだ
ね。出来上がった後の姿を心に描かないで書いてる字でも絵でも、見るに堪えない
じゃないか。



   人生は一篇の詩



 詩の話は人生の話である。人生は創作であり一篇の詩である。人生に於ける起承転
結は難しい。
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2016年10月30日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   10月30日(日)  片言隻句



 われわれの生きた悟り、心に閃く本当の智慧、或は力強い実践力・行動力というよ
うなものは、決してだらだらと概念や論理で説明された、長ったらしい文章などに
よって得られるものではない。体験と精神のこめられておる、極めて要約された片言
隻句によって悟るのであり、又それを把握する事によって行動するのであります。



   真我は不滅である



 真我に内在する力はどんなものであるか。それは、絶対不可犯のものである。これ
に対し、肉体の有する力は相対的のものであり、火や水や大気などには敵することが
できない。

 しかしながら、真我は、全生命の本源的中枢で形象を有しない無形の一実在であ
る。故に、火にも水にも一切の何ものにも決して犯されない絶対不可犯のものであ
る。絶対的のものにはまた、絶対的の力のあるのは当然のことである。



   生きた学問



 すべて学問というものは、根から養分を吸収して、幹が出て、枝が伸びて、それが
分かれて小枝、その先端に葉がつき実がなる。そしてそれが又落ちて、肥料になっ
て、新しく芽を吹いてゆく、というように自然に伸びてゆくべきもの。自然に伸びて
いって、それが分裂せずに自ら一つの体系をなしてゆく。これでなければ本当の学問
ではない。われわれは先ず『大学』から始まって、四書五経を教わった。それがある
年齢に達した頃に、自分から面白いなあ、成程なあと考えるようになる。

 最初はあたえられたものだが、だんだんそれが生命化して来て、よし、一つ儒教を
勉強してみようと今度は自発的に読み出す。孔子の伝記をやるうちにどうしても孟子
をやらねば気が済まぬ、というようにだんだん枝葉に分かれて来る。そうすると孫
子・呉氏・韓非子などというものまで関連して来て、今度はそれに道楽をする。

 斯様に儒教を研究しながら、年季をかけて道楽していると、自然とあらゆる教学に
入って来る。桃栗三年柿八年と言うが、人間の学問はやはり二十年、三十年と年季を
かけて初めて生きた学問になる。
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2016年10月29日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   10月29日(土)  老の境地



 老は元来老いるという意味と共に、その長年月の経験と修練とより出来上がる熟達
の境地、なれたとか、ねれたという意味に用いられる。老手老練老酒など、悪く応用
されては老獪などの語に明らかであるが-----若い者に免れない生な点や、又世間の
多数者に存する通俗な型を超脱した風格、もはや一時的な刺激に自己の全部を動かさ
れたり、事物の一面に捕らわれたり、皮相に止まるようなことはなく、能く全体を観
察し、深く内面に通ずることが出来て、凡て自主自由に観察し行動して何等危っ気の
無いところがある。

 けばけばしい色彩はぬけてしまって、落ち着いた、渋い味を持っている。



   本当に安心できる人生



 せっかく縁あってこの人生に生まれたならば、そりゃもう飽きることはなかろうけ
れども、飽きるほど生きてるほうが得だぜ。

 そして病が生じようが、運命が悪くなろうが、本当に安心のできる人生に生きると
いうことが当面の急なんだから。いくら長生きができても、本当に安心できない人生
に生きてたんじゃ、三文の値打ちもないだろ。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする