2016年10月29日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   10月29日(土)  老の境地



 老は元来老いるという意味と共に、その長年月の経験と修練とより出来上がる熟達
の境地、なれたとか、ねれたという意味に用いられる。老手老練老酒など、悪く応用
されては老獪などの語に明らかであるが-----若い者に免れない生な点や、又世間の
多数者に存する通俗な型を超脱した風格、もはや一時的な刺激に自己の全部を動かさ
れたり、事物の一面に捕らわれたり、皮相に止まるようなことはなく、能く全体を観
察し、深く内面に通ずることが出来て、凡て自主自由に観察し行動して何等危っ気の
無いところがある。

 けばけばしい色彩はぬけてしまって、落ち着いた、渋い味を持っている。



   本当に安心できる人生



 せっかく縁あってこの人生に生まれたならば、そりゃもう飽きることはなかろうけ
れども、飽きるほど生きてるほうが得だぜ。

 そして病が生じようが、運命が悪くなろうが、本当に安心のできる人生に生きると
いうことが当面の急なんだから。いくら長生きができても、本当に安心できない人生
に生きてたんじゃ、三文の値打ちもないだろ。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする