2016年11月30日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月30日(水)  海 老



 海老は永遠の若さを象徴しているというので、めでたいものとされる。というの
は、あれは生ける限り何時までも殻を脱ぎ、固まらない。ことに万物がぼつぼつ固く
なる秋に、彼は殻を脱する。生ける限りよく殻を脱いで固まらぬ、いつまでも若さを
失わない、よく変化していくという意味で、海老はめでたい。

 自己の殻、学問の殻、仕事の殻、会社に入れば会社の殻、役所に入れば役人の殻か
ら、なかなか脱けられぬものであります。これが脱けきらぬと、人間が固まってしま
う。



   下り坂の車と同じ



 多くの人は、人間の生命の力の本来は努力という推進力を与えさえすれば、ちょう
ど下り坂の車を加勢を与えて押したのと同様にきわめて容易に向上するものであると
いうことを信じない。そしていつも自分はだめだというように考えるという憐れな自
己否定を行う。

 するとその当然の結果は、何事に対しても、真剣な努力を継続的に集中させようと
しなくなる。これでは向上どころか、反対に自己向下を、知らず知らずの間に誘発す
ることになるのみである。
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2016年11月29日

正岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月29日(火)  精神の炉を造る



 残念ながら人間というものは都合の好い手段方法などでは決して救われない。人間
はその魂から湧出する思想・叡智と、その努力とによってのみ真の解脱がある。迂遠
な様でも、我々はまず真剣な新しい理念の火が潜かに伝わってゆく精神の炉を造るこ
とに努力せねばならぬ。



   善悪の判断基準



 その時代の人間どうしの都合や便宜で作為した、いわゆる第二義的の倫理道徳を標
準としたのでは、物事の善悪を正当に判断することは、しばしば正鵠を失することが
往々にある。

 故に物事の善悪邪正を判断する最も合理的な考え方は、その事柄が現代の人間生活
上絶対に必要のことか否かということを基準として考察することである。ただしこの
場合決して個人の生活を本位とせず、あくまで己の生活している社会全体を標準とし
なければならない。



   ひらめく



 書を読むの際は、生きた人生に連想が及ぶことが必要だ。それを頭がひらめくと云
う。学問が身についてきた証拠だ。
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2016年11月28日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月28日(月)  精神の不調



 精神的な不調は原爆にも勝る不幸を一国に与えることができる。個人がその内的調
和を保たねばならぬと同様、民族もその内的調和を要する。



   想像力の応用



 本能心(肉体を生存させるための動物的な心)の整理に著効ある方法として、想像
力の応用ということを推奨する。これは想像という観念現象の中に本能心を整理し得
る暗示力が存在しているからである。

 わかりやすくいえば、平素勉めて積極的のことだけを想像する習慣を作るのであ
る。言い換えると、想像を決して消極的にしないように心がけねばならない。この目
的を現実化するのに最も効果的なのは、人間の心の中に存在する高級な欲求心という
ものを適宜に応用することである。



   魂の感動



 いくら科学を研究しても、安心立命が得られるわけではない。あるいは自己を喪失
することもあろう。魂の感動に基づかなければ真の生命を得ることはできない。
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