2016年11月21日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月21日(月)  毒気と和気



 たまたま人の家に行ったときに、玄関に入った途端に嫌な家だなと思うことがあ
る。あれはその家族の毒気が漂っているに違いない。反対に入って非常に感じのいい
家は和やかな家庭であるに相違ない。

 人間でもそうだ。嫌なことを考えたりしている人間には、どこか嫌気が差すもの
だ。これに反して非常に出来た人、練れた人には、どことなく和気が漂うている。そ
れは実に正直なものです。



   力強い存在



 ほんとうに現在よりもより良い人生を生きようと願うなら、人間なんていうものは
何の価値もないもののように考える考え方は断然自分の中から切り捨てなければなら
ない。

 というのは、人間とは多くの人々が考えているような力弱い憐れなものではなく、
もっともっと力強い尊厳な存在なのであるからである。



   貧の生き方



 貧乏だから人の世話ができぬというのは間違っている。貧乏なら貧乏で情を尽くす
道はある。むしろ富貴の人の形式的な儀礼より遥(はる)かに濃(こま)やかな人間
味があるものだ。
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2016年11月19日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月19日(土)  家庭と父母



 近代文明・現代社会の、一つの大いなる、根本的な欠陥、或は罪悪の最も中核的な
ものは家庭というもの、父母の道というものの衰えたことであります。家庭というも
のは、夫婦親子の共同生活の場に過ぎぬとするそんな機械的或は動物的なものではな
い。もっと精神的なもので、父母を分けて言えば、父は子供の敬の的、母は愛の座で
あることを旨とする。不幸にして父母のいずれか欠けた場合、残った方が両者の分を
兼ねねばならない。当然又兼ねるわけであります。



   心は「気」の働く場



 心というものは生命を創造する「気」の働きを行うための存在であり、心が思った
り考えたりすることによって、生命の活動が表現される。そして心の行う思考は、す
べて個人の命の原動力となっている「気」を通じて、その「気」の本源たる“宇宙根
本主体”に通じている。

 しかもこの“宇宙根本主体”は一切の万物を創造するエネルギーの本源である。こ
の絶対的関係を真剣に考えると、思考は人生を創るということに断然結論される。
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2016年11月18日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月18日(金)  家 族



 もし家族がなかったら、人間は広大な宇宙のなかでふるえて居なければならぬ。
種々の理由から、家族生活の強みが減少した国々では、人々は大衆に接近して、大衆
と共に考えたい要求を感ずる。彼等はこの親しい、温かい、小さなグループを失った
ことを償うために、彼等の愛情や生活を多数の人々に固く結びつけなければならな
い。彼等は原始的な共同団体のもつ粘着力を再び発見しようと試みる。だがそれは大
民族になるほど常に作為的であることを免れず、危険も亦大きいのである。



   潜在意識の重要性



 われわれの意識は、実在意識と潜在意識の二つに分割されている。そしてわれわれ
の心理作用の九十パーセントまでは、この潜在意識の作用で行われるのである。

 ところが多くの人は精神活動の直接の衝に当っているという関係から、実在意識を
潜在意識よりも重視して考える傾向がある。しかしながら、実在意識の精神活動も単
独に行われる場合は、潜在意識の作用から内的誘導を受けて行われているのである。



   二宿・三昧



 二宿

  御互いに心して、二宿を去ろう。二宿とは宿便と宿慝(しゅくとく)のこと。

  いかなる医師もこれに異論はない。国連、民生も同じである。

 ※宿慝とはかくれた罪過の固まり。人間は結局この二宿で死ぬ。



 三昧

  御互いに三昧を心がけよう。

  現代生活の一大悪弊は、諸種の散乱である。

  心体寂静、邪乱を離るるを三昧という。

  一心不乱、三昧の力は偉大である。
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