2016年11月07日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月7日(月)  立冬(陰気深くこもり冬の気立つという意で立冬とい
う。次第に冷気深くなる)         絶対に至って真



 絵を書くということも、書を書くということも、何をすることも絶対に至って初め
て真で、つまり絵を書いてそれを売るためではない。褒められるためでもない。書か
ざるべからずして書くということが書道の根本義である。胸中のキュウガク(丘と谷
と。転じて隠者の住む所を指す。A心中のおもむきが深いさま。)が画面に躍動して
絵になる。それが本当の絵である。その胸中のキュウガクが紙の上に躍動して出よう
とする時に、躍動せずんば止まぬ時にそれを自ら手伝う産婆の役目、或は妊婦自身の
いろいろな努力がこれすなわち芸術である。それに対する批評、讃美、報酬、そうい
うことは自然に生じてくることである。



   正しい愛情



 本当に愛するという気持ち=正しい愛情というものは、活きている「いのち」に対
する尊敬という心理的現象がこれに相対するバロメーターをなすものなのである。

 だから、こうして、呼吸し、飲食し、排泄し、そして、ものをいい、互いにその心
を感じ理解し、さらにこうして生命が動いている、すなわち活きているという大事実
を衷心から尊敬するという敬虔な気持ちにならないとしょせん、正しい愛情というも
のは、心の中から湧き出てこないのである。



   誠を尽くす



『中庸』の中に、魯の哀公が孔子に政治の要点を問うたものがある。孔子はそのとき

 「天下古今に通じる人の従うべき道は五つあります。

  君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の道がこれです。尊ぶべきものとして三つの徳が
あります。

  知・仁・勇の徳がこれです。これを実践するためのものはただ一つ、誠を尽くす
ということです」
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする