2016年11月08日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   11月8日(火)  背中が語る @



 儒は濡である。思想とか学問が単なる知識や趣味に止まらずに、身につく、体にな
ることだ。孟子のいわゆる「面に見(あらわ)れ、背に溢る」に至って、学問は真に
その人の性命になる。

 人間は面より背の方が大事だ。徳や力というものは先ず面に現れるが、それが背
中、つまり後姿-----肩背に現れるようになってこそ本物といえる。後光がさすとい
うが、前光よりは後光である。



   理性の判断は相対的である



 理性の判断するところのものは、ありふれた常識の判断や、軽率な感情本位の判断
よりは、はるかに、論理的価値の高いものを多く保有しているには相違ない。

 が、しかし、いかにその判断が、論理的に的確厳正でであろうとも、所詮、理性判
断なるものは、厳格な意味で論定すると、どこまでいっても「相対的」で、到底本心
良心の許諾の如く、絶対的のものではあり得ないのが真理である。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする