2016年12月18日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月18日(日)  多岐亡羊



 多岐亡羊ということがある。これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。そこで慌
てて追いかけた。隣近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり岐路(え
だみち)が多い。いわゆる多岐である。岐路が多くって、あっちへ行ったこっちへ
行ったと言っているうちに、どっかに行っちまってわからなくなった。人間もそうい
うもので、あんまり仕事が多くなると、肝腎なものがどこに行ってしまったかわから
ないようになる。人間というものの本質、人間の使命、人間の幸福、そういったもの
がわからなくなってしまうのである。



   鋼鉄を鍛えるが如く



 自己陶冶とは自己の人格を向上させることで、あたかも鋼鉄を鍛えるのに等しい。
鋼鉄は鍛えれば鍛えるほどその質を良好にする。人間も自己を陶冶すればするほどそ
の人格は向上する。

 自己陶冶を等閑視すると人間を高下せしめるような消極的の暗示や価値のない誘惑
にわれわれの精神が感応しやすくなり、反対に自己の向上に必要な積極的の暗示や、
または正しい自覚を促す真理に感応しなくなる。その結果、人生苦のみを多分に味わ
うことになるのである。
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2016年12月17日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月17日(土)  時 務



 事務のほうは基礎さえあれば、多分に機械的に済むことであるが、時務のほうは、
時という文字が示す通り、その時・その場・その問題に対して、その人間がいかに為
すべきかという活きた問題だから、どうしてもその根本にその人の教養・信念、識
見、器量というものが大切になってくる。教養や識見がなければ真実は見抜けない。
それには多くの学問を学ばなくてはならない。



   官能の啓発



 官能の啓発とは、五官の感覚機能を正確に作用せしめるように訓練することであ
る。われら人間は五官を通じて外界に存在する事物事象をわが心に受容している。い
たがってこの五官の働きが不完全だと、完全に外界の消息をわが心に受け入れられな
くなる。すると心の知覚の作用というものがまた完全に働かなくなり、ひいては認識
の内容も貧弱になる。

 認識力の養成にはどうしてもこの五官の感覚機関のもつ各種の作用を完全にしなけ
ればならない。
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2016年12月16日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月16日(金)  身心摂養法 A



 我われの精神は宇宙の一部分であり、宇宙は大きな韻律です。随って我われの精神
もやはり溌剌として躍動して居らなければなりません。



   明鏡止水の心境



 意志の力の現実発現については、昔からいろいろの手段や方法が識者によって提唱
されているが、なかでも、精神を統一して意志を集中させることがその最も合理的な
近道である。

 というのは、精神がいったん統一されると雑念妄念が完全によく排除され、その精
神領域はいわゆる明鏡止水の状態になるため、自ずから意志集中ということが極めて
自然的に行われるようになるがためである。
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