2016年12月02日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月2日(金)  一期一会の精神



 一期一会とはすなわち一生涯に一度会うことで、風炉の前に主客が端座する時、そ
の時今生においてこれ限りかも知れぬ、人命というものは朝露のごときものである、
朝あって夕を図ることができぬ、ここで会えば復(ま)た会うことはにんげんとして
期することができぬ、今生にこれを限りと思う気持ちになる。そこで汲むと人間はふ
ざけた心、雑念というものが悉く脱落して真心が現れる。その真心をいうのがあの一
期一会の有名な精神であります。こうなりますと、茶を飲むということは物質的問題
にあらずして、深遠なる悟道の問題であります。



   低劣な願望はかなわない



 汚い希望、卑しい欲望といった価値の低い理想は、往々にして満たされない場合が
多い。だって、自分勝手な、手前だけを本位とした気持ちや心持で割り出した計算
が、ちゃんと事実に現れてきてたまるもんかね。つまり、低劣な願望ばかり抱いてい
る人が思うこと願うことはひとつもかなわない。かなわないはずだよ、かなわないこ
とばかり願ったり望んだりしているんだもの。

 そうすると人生を生きる興味が失われ、結局自分自身で自分自身の人生を価値なく
生きるべく余儀なくしてしまうんです。



   黙 養



 明の李二曲(りにきょく)は“黙養”の修業をした。べらべら口をきかない、つい
には「三年軽々しく一語を発せざる」に至るという。黙するということは内に力を蓄
えることだ。かくして発せられた言は人を信服させるに足る。自然においては静寂、
人においては沈黙がよいものだ。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする