2016年12月15日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月15日  我を亡ぼす者は我



 我を亡ぼす者は我なり。人、自ら亡ぼさずんば、誰か能く之を亡ぼさん。(『呻吟
語』)



 これは非常にいい言葉です。この一つだけでもつかみ得たなら、大したものだと思
います。

 自己革新は、この「われ」にある。原因も結果も、自分自身にある。ローマを亡ぼ
したのはローマです。日本を支えているものは日本です。健康で生き生きとした人生
を送れるかどうかというのも、自分自身にあります。



   恐怖のない人生



 人間がいろいろのことを恐怖するのは、その心の使い方が肉体本位に偏っているか
らである。真我を本位として考える時、それが何ものにも犯されない絶対的のものだ
から、いささかの恐怖感も感ぜぬことになる。

 われわれがこの荘厳な消息を正しく信念するならば、今まで心に感じていた「恐
怖」は消え去り、かわりに勃勃たる勇気が心にみなぎってくるのは必然である。西哲
も「恐怖を感ぜざる人生は神の世界に生きるに等しい」といっている。



   身心摂養法 @



 身心摂養法の第一着手は心を養うことです。心を養うには「無欲」が一番善いと古
人が教えております。これを誤って我われが何にも欲しないことと寒巌枯木的に解し
ては、とんでもないことです。それならば死んでしまうのが一番手っ取り早い。ぼけ
てしまうのも好いことになる。そういうことを無心とか無欲とかと云うのではない。
それは我われの精神が向上の一路を精進する純一無雑の状態を言うので、平たく言え
ばつまらぬことに気を散らさぬことです。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする