2016年12月18日

安岡正篤「活学一日一言」、中村天風「一日一話」。

   12月18日(日)  多岐亡羊



 多岐亡羊ということがある。これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。そこで慌
てて追いかけた。隣近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり岐路(え
だみち)が多い。いわゆる多岐である。岐路が多くって、あっちへ行ったこっちへ
行ったと言っているうちに、どっかに行っちまってわからなくなった。人間もそうい
うもので、あんまり仕事が多くなると、肝腎なものがどこに行ってしまったかわから
ないようになる。人間というものの本質、人間の使命、人間の幸福、そういったもの
がわからなくなってしまうのである。



   鋼鉄を鍛えるが如く



 自己陶冶とは自己の人格を向上させることで、あたかも鋼鉄を鍛えるのに等しい。
鋼鉄は鍛えれば鍛えるほどその質を良好にする。人間も自己を陶冶すればするほどそ
の人格は向上する。

 自己陶冶を等閑視すると人間を高下せしめるような消極的の暗示や価値のない誘惑
にわれわれの精神が感応しやすくなり、反対に自己の向上に必要な積極的の暗示や、
または正しい自覚を促す真理に感応しなくなる。その結果、人生苦のみを多分に味わ
うことになるのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする