2017年03月19日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月19日(日)  たたえごと



 世の中に何が幸だと言って、健康で長生きすることにまさるものはない。とはい
え、健康にも長生きにも自ら限度がある。即ち人は百歳を限度として万年の寿の保て
る訳はなく、如何に堅固を誇るとも生身の体に勝手な真似は許されぬ。

 だが仮令健康で百寿を獲得したとしても、これだけが人生の凡てでは勿論ない。個
人的にも社会的にも建設的な面の開拓を志すことがなければ、結局するところ酔生夢
死の徒と選ぶところはない。既に人間に生を享けたる限り人としての意義ある生涯と
いうものが求められねばならぬのである。私は今人生に対する建設的面の必要を言っ
た。然らば如何にしてこれを求むべきか。そこに問題がある。

 しかしそういう問題に逢着したとして、徒に八の字を寄せ考え込むのも、決して賢
なる所以ではない。帰する所「下手な考え休むに似たり」の轍を踏むに至っては、か
らきし意義を為さぬ。
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2017年03月18日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月18日(土)  自序



 従って、書中収めるところのものは、その何れもがすべて、私の独自の研鑽と体験
とのコンサイズである。ただ出来るだけ普遍的にという念願から、可及的に一切の理
論釈明を、常識的理解を本位とし、通俗的証明に主力を注いだつもりである。然しな
がら、多くいうまでもなく、広汎深遠にして、幽玄微妙なる人生消息は、到底この小
冊を以て、よく尽くし得る処にあらず、よって人生に絡まる哲学や、更に自然法の科
学、就中生物学、生理科学、並びに精神科学や心理学の実際応用に関する理論釈明
は、引き続き、「研心抄」「錬身抄」の各集を編纂し、その編中に於いて演釈するこ
ととする存念である。

 それ故、この書はそれ等の後著に対する原則的イントロダクションと考えられた
い。

 何れにしても、この書が諸子の人生座右の好伴侶たれと、衷心より祈るのみであ
る。

   1947年 春       統一哲人    中村天風 識
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2017年03月17日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月17日(金)  彼岸の入り  自序



 古聖の言葉に、「病」「煩」「貧」を以て人の不幸の司となすというのがある。ま
た欧米でも、病気と、煩悶と、貧乏とを人生の三大不幸と称している。私は微力未だ
遠く及ばざるものであったが、この三大不幸を、世の人々の中から少しでも軽減しよ
うと、過去三十余年間、心身統一法と称する人生を理想的に、生き抜く力を現実化す
る、第一義的人生道を示導垂述することに、殆ど努力の全部を傾注した。が然し、今
日まで私の所論を公刊したことは、単にその片鱗の二三に過ぎず由来人生に関する、
特に実践を主体とするこの種のものは、文書を通じての会得では、往々その機微に触
れ難きものあるを慮り、専ら人格と人格との折衝に依るに如かずと断定し、主として
講習教示を本位として今日に至ったが、日頃来、心友竹内芳衛博士その他知友の多く
より熱烈な勧奨を受け、茲にこの書を編纂公刊することとした次第である。
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