2017年03月13日

「真理のひびき」(中村天風)

   3月14日(火)  天風箴言(二十九)



 心身統一の達成を志すものは 感応性能の積極化ということには 限度がないとい
うことを 忘れてはならない。



(そもそも天風会が五十年来唱道垂示しつつある心身の統一法とは、適者生存の真理
に遵い、心身一如の真事実を現実化し、人生に必枢欠くべからざる健康と運命とを確
保し、再度くり返すことのできないわれわれの人生を真実活きがいのあるものとし
て、その全生涯を如実に有意義にすることを終始一貫その全目的としていることは、
われら天風会の全会員が十分に知り尽くしているところである。そしてその根本原則
として、心と身とを結合する唯一の中枢たる神経系統の生活機能を極めて順調に作用
させることが、その第一の要訣であるということ、しかもこの目的を現実にするに
は、何をおいても精神生命の生存を厳として自然法則に則って処理することがその先
決的要訣であるということ、またさらに精神生命の生存を自然法則に則って処理する
ということは、換言すれば精神生命の本然に即応して、いかなる場合、いかなること
にも、その心的態度をあくまで積極的に堅持していかなければならないということ、
これらは皆さんには敢て贅言を要せざる理解であると信ずる。がしかし、この点まで
の理解がいかほど明快であっても、平素力説するごとく、精神生命固有の感応性能が
まずそのアンバランスを矯正して、確実に作用するように積極的に調整されないと、
せっかくの理解があたら空念仏に終わる憂いがある。

 いざというときに、たとえば図らずも病患に襲われたとか、または運命的不慮ので
きごとに遭遇すると、そもそも何のために真理を理解したのか? と思われるような
人がいる。これはつまり、先に紹介した大切な精神生命固有の感応性能が、いつしか
その積極程度に間隙を招来してアンバランスになったか、または知らず知らずの間に
消極化したからである。すなわち、「悟れたと、思った時が、迷いなり」なのであ
る。人生には、もう完全に理解したとか、あるいは卒業したとかいうことはありえな
いのである。否、断然ありえないのが人生である。否、否、人生とはそんな単純なも
のではないのである。

 「悟入徹底未だし、況や教法の実行に於いてをや」 「人生というものは、なかな
かもって、悟れるものではござらん」

 ふつうの場合、ともすれば忘れられがちな、人生の大消息を思いを新たにしてさら
に心に受け入れ、さらにひとしおの努力に鞭打って、感応性能をいやが上にも正確か
つ鋭敏にして、真実の積極化を現実化し、そして的確に把握することのできる人生の
幸福を、わがものにしていこうではないか。)
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする