2017年03月26日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月26日(日)  緒言 幸福な人生



 こういうと、そりゃ数多くの人々の中には、かなり尊く幸福に恵まれている活きて
いる人もあるだろう、然しそれは極めて少数でしかない。大部分の人間は、決して、
幸福に活きてはいない。やれ病の、やれ不運のと、一日として、心の底から、のどか
な人生などは、夢にも味わい得ず、その上今日のように、物資窮乏の、食糧難の、さ
ては栄養失調のと、極端にいえば、野山に棲む禽獣の方が、遥かに羨ましいとさえ思
われるような憐れ惨憺たる状態で、現実にあるものは苦患の世界のみで、ほんとうに
面白い楽しい人生などというものは、時に味わい得るとしても、それは只瞬間的なも
ので、よしんば相当の位置に到達しても、煎じ詰めれば、人生というものは、結局生
活苦の奴隷という範囲以上のものではない。

 だから、こうした動かすことの出来ない現実というものから結論すれば人間なんて
ものは所詮はつまらぬ下らないものだと思い込んでいる人が、特に今日の世の中に
は、かなり数において多い事と思われる。成程それも、今の世の中の一面から看れ
ば、確かにそうだ! といい得る。特に、現在人生の現象事実のみを、相対考察の対
象として人生を考えれば、そうした断定を人生に与えることが、大きな間違いだと、
真正面から否定することは出来ない。

 然し、厳粛に、真理の上から論断すれば、そうした考え方や思い方は、それは畢
竟、人生に対する観点の置き所ということに、大変な間違いがあるからだといわねば
ならない。もっと詳しくいえば、人間というものを、運命や健康に対しては、力弱い
つまらないもののように考定するのは、要するに、「人間の真正な価値の認識」とい
う重要なものを欠如しているからの結果だといわねばならない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする