2017年05月27日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月27日(土)  肉体本位の方法



 考えるべきは実にこの点である。お互いが、複雑多端なこの人世に人として活きる
時、その刹那刹那の人世事情の如何に依って、その心が或は強くなったり、或は弱く
なったりするようでは、人生の行路を突破することが出来るであろうか? かてて加
えて人の世はいつ何時、健康や運命がどうなるか分からぬといってよい位、変化変遷
の多い、いわゆる有為転変の常ならぬ世界である。然もそうした人世に活きるのに、
相対的の強さしかない心では、到底貴重な人生を任すことも、これを頼みとすること
もできない。
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2017年05月26日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月26日(金)  肉体本位の方法



 尤もこういうと、さあそこだ、古語にも、「健全なる肉体に非ざれば、健全なる精
神宿る能わず」というのがある。だからその人生の重要問題たる健全の精神も、先ず
肉体の健全を第一に企図せねばならないと。勿論これもたしかに一理ある言葉として
敢て否定はしないが然し更に深く考えねばならぬことは、果たして然らば、肉体の強
健な人は、共通的に皆頼もしい「強い心」を保有しているか?

どうか? という現実問題である。

 詳しくいえば、肉体の強健な人は、一様に、どんな人生の銀難辛苦に際会しても、
またどんな悲運や大事に直面しても、豪末もその心を動揺せしめず、「晴れてよし曇
りてもよし不二の山」というように、事ある時も事なき時も、いつも明鏡止水、些か
も撞着を感じない強さの心をもっているか、否かという現実問題である。然し遺憾な
がら、否と答えねばならぬ事実の方が頗る多いのではなかろうか? 実際に於いて、
肉体は強健でも、案外臆病の人がある。かと思うと、頗る神経質の人もある。また僅
かのことにも、慌てたり、驚いたり、これを気にしたり、悲しんだり、怒ったりする
というように、人生周囲の事物事象に纏綿として心を動乱せしめている人もかなりに
多い。これは要するに、心の強さが充分作られていない立派な証拠ではあるまい
か!!

 私の知人の中にも、運動家もあれば、武術家もいる。また拳闘の選手や力士などが
いるが彼等は、一様に立派な強い肉体をもっている、が然しその心はというと、その
肉体に比較すると案外弱いものが多く、重要な試合や競技のある時など、その前夜
往々安眠の出来ないなどという人さえある。

 偶々こうした簡単な例証から考えても、肉体本位の方法だけでは、心まで強くする
という理想的の効果は、獲得することは出来ないということが明瞭に理解されると思
う。

 否、肉体本位の方法のみでは、相対的の効果は獲得できるが、到底絶対的効果は獲
られないというのが真理である。

 だから、万一肉体本位の方法で、心まで強くなり得たという人があっても、そうい
う人の心の強さは、大抵肉体の強い間だけの強さで、一度肉体の強さを失って病にで
もなれば、忽ちその心の強さも、これに比例して失われてしまう。
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2017年05月25日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月25日(木)  肉体本位の方法



 第四の消化器の機能増進を本位としたものには、これまたかなり種々の方式があっ
て、出来る限り消化しやすいものを摂取せよという消極的のものと、出来る限り不消
化物を摂取して、消化作用の抵抗力を養成すべしという積極的のものと、更に栄養重
点主義のカロリー本位の食養生を可とするものや、玄米食を常食とする方法或は断食
療法、または完全咀嚼法等、かなり夥しい種類がある。この外、近来は生命と血液と
の重要関係を直接に解決するのに密接な関係のある食餌は、なるべくアルカリ性分の
多い植物性のものを摂取して、血液の酸性化(アジドージス)を防いで、常住肉体内
の血液を純正アルカロージスという状態に保持せよと力説する学者のあることは、正
に喜ぶべき現象である。

 然し、上述の種々の方法は、どれも確かに生命の確保に、それぞれ相当の効果のあ
ることは勿論で、これを実行することは、実行しないよりは、遥かに生命に著効をも
たらすことは、疑いはないが、そうかといって、上述の方法だけを行ったというだけ
では、生命全体の真の強健というものは、断じて、獲得することは不可能なのであ
る。というのは、多言を要せず、上述の方法のすべては、単に生命要素の一方の役割
をもつ肉体のみを本位とした方法であるからである。

 もっと忌憚なくいえば、上の各種の方法を実行することに依って、たしかに肉体の
強さは、相当程度増進せしめ得るに相違ない。然し肉体ばかりいかに強くなっても、
これに併行して、心の強さが増大するのでなくては、生命全体の強さを理想化するこ
とは、到底至難であるといわねばならない。

 その重要な人生問題である心の強さまでが、上に述べた肉体本位の方法だけで作成
されるのなら、何もいうことはないのであるが、事実は往々そうでないという場合の
方が多いのを見逃すことは出来ない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする