2017年07月30日

「真人生の探求」(中村天風)

   7月30日(日)  連想暗示法



 というと、中には、理屈はそうかも知れないが、それも他人のことならともかく、
我が身に降りかかったことを気にかけずにおられるものでないという人もあろう。然
し、およそお互いの人生に、この大切な命に大きい損害を与えてまでも、言い換えれ
ば、命がけで考えねばならぬというような大事件が、そうちょいちょいとあるもので
あろうか。その上に、一日の人生活動に相当に消耗された、エネルギーの不足してい
るであろう精神生命で、完全な論理思索や正当な思考が行われるであろうか。冷静を
欠いて、昂奮した乱調子の心で何で妥当な解決案が作られようか。禅家の教義にも、
心の波立つときや、乱れ騒ぐときは、先ず坐れというのがある。これは要するに、下
手な考え休むに如かずということを、悟らしめようとする一方便といえる。

 が何れにしても、人間は一度死んだら二度とこの世に生まれて来ないと知ったら、
もう少し命を真剣に大切にしたらどうであろう! そして真剣に命を大切にしようと
思うなら今生只今この時の生命を、最も力強く活かさなければうそである。精神生命
を消極的事項と組んずほぐれつさせて、何で力強い命が出来上がろう。力強い命は、
積極精神が現実化されないと徹底しない。

 しかもそれが到底不可能のことならともかく、科学的にいえば、万有の根源である
自然の力、哲学的にいえば、万物能造神の力と結合し得る睡眠の直前、その結合のス
イッチともいうべき心の態度を、簡単な心がけで持ち直すことに依って、よくその目
的を達成し得ると知ったら、明日とも言わず今夜から直ちに実行すべきである。そし
て、意義正しく命の安息と復活とを現実化するため、この合法的意識統御に依って、
生命の現実向上と力の充実とを味得することこそ、最も聡明な人生態度であるといわ
なければならない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

「真人生の探求」(中村天風)

   7月29日(土)  連想暗示法



 ところが、こうした忽せにし得ない実際消息が、厳として存在しているにかかわら
ず、世人の多くは、寝がけというと殊更に昼間心に感じた怒りや、悲しみや、怖れ
や、その他消極的のことを、より一層鮮明に心のスクリーンに映写しなおして、清く
尊くたのしく過ごすべき床の中にまで、命も魂もけがしてしまうような穢れを持ち込
んで、中にも滑稽な人になると、それをいつまでも心から離さず、徒に神経を昂奮さ
せ、空しく半夜転々として寝もやらず、ますます心の消極化を増大してしまうとい
う、愚か以上の無茶なことを行って、知らぬこととはいえ、ただ単にそれが精神生命
だけでなく、命の全体にまで測り知れない大きい損害を与えているということを気づ
かずにいる。

 これというのも元来、睡眠の直前の心の持ち方というものが、どれほど生命に対し
て重大なものであるかを知らないため、その神聖さを保とうとしないからである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

「真人生の探求」(中村天風)

   7月27日(木)  連想暗示法



 何れにしても、このように睡眠というものは、活力の復活に対してだけでなく、生
命存続に必要とする諸般の条件整備のためにも、極めて貴重な実際的人生行事という
べきで、従って、その貴重の人生行事を行おうとする直前ともいってよい、寝がけの
際の心の持ち方というものが、どれだけ慎重に重視されなければならないものである
かということは、多くいうまでもないことと思う。

 実際活力がなくては、その生命を持続せしめることが絶対に不可能で、然もその大
切な活力を、今正に我が生命に受容するために行おうとする睡眠の直前こそは、出来
る限り分量多く、それを受容する準備を正しく計画することが、生命に対する正当な
責務である。

 詮じ詰めれば、寝がけの心持を、怒りや、悲しみや、怖れや、その他の消極的感情
から遠ざけて、出来る限り明るく朗らかな、活き活きとした勇ましさで、眠りに入る
までの時を尊く過ごすということは、取りも直さず、活力の完全受容に対する正当な
準備を実施したことになり、同時に生命に対する、これまた正当な責務を全うするこ
ととなるのである。

 そしてその結果は、生命確保に根源的に必枢とする積極的精神作成の第一条件であ
る観念要素の更改を現実化し得て、精神作用を掌握する感応性能を積極化し得るだけ
でなく、延いて生命諸般の全機能にまで多分の利益を与え得ることとなるのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする