2017年08月31日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月31日(木)  (ロ) 暗示の分析



 これは偏に物質至上主義に胚胎した文化傾向の一現象として、また止むを得ないこ
とではあるが、人の言語でも、文字でも、人々の行動でも、現象事実の一切相まで、
我々を正当に積極化してくれるようなものが、極めて稀であるのが実際の世相であ
る。

 従って、こうした人生世界に生きるのに、何の用意もなく、漫然とこれ等のものに
接触対応すると、いつの間にか、その同化感化を受けてその心を消極化してしまう。

 だから、常に注意深い分析的準備を以て、これ等のものに応接し、積極的のものを
吾が心のものとし、消極的のものは程よく分析考査して、積極的に転化せしめるよう
心がけることである。要は、こうした心がけが入念であるかないかで、心の発達性を
良くもまた悪くもするので、特に充分積極的に心が作り替えられずにいる人は、やや
ともすると、消極的暗示事項には無条件に共鳴をする傾向が顕著であるから、一層の
注意を要する。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月30日(水)  (ロ) 暗示の分析



 これは自己の心に対し、他面からくる暗示事項を、果たしてそれが積極的である
か、或は消極的のものかということを、分析的に批判することなのである。そして積
極的のものは充分にこれを吾が心に受容するように共鳴を与え、消極的のものなら
ば、断然それを心に受容せぬように拒否することなのである。

 既に、前節において「暗示」 ということに就いて記述した中にいったとおり、人
間というものは、恒に暗示の世界の中で活きているものである。そして、その「暗
示」 となるものは、言語、文字、行動、現象的事実だということも、理解されてい
ると思う。

 とにかく、吾人は活きている以上、上の暗示となるどれかの事項と、その心は絶え
ず接触対応して生活しているのが事実である。そして、特に気づかなければならない
ことは、現代の吾人の周囲にある暗示事項は、殆どその大部分のものが、消極的のも
のが多いということなのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 03:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月27日(日)  (イ) 内省検討



 但しこの場合のいいか悪いかの決定目標は、思考に関する事実問題に対する理由の
是非でないことは勿論なので、即ち、その事実に対応する心の態度が

、積極的であれば即ち「是」、消極的であれば即ち「非」 ということになるのであ
る。そして、飽くまで、心を「是=積極的」 状態で一切の事物事象に対応するよ
う、大いに努力の鞭撻を心に与えるべきである。

 禅家の教義にも「念々思量底を弁別せよ」 というのがあるが、これは私のここに
いう内省検討と同じ意義のことと推量される。

 とにかく、お互いに、真理に則って正しい向上への人生を建設しようとする者は、
このように、自己の心の行う思考状態の客観的批判を、刹那刹那実行する位の余裕を
心にもたして活きるのが、ほんとうに生活を味わい得る貴重な人生真理だと悟らなけ
ればならない。そして、その余裕を現実に心に作ることを、常住の心がけとするべき
である。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする