2017年08月14日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月14日(月)  (その一)  日常の言行



 たとえば健康問題に係る考え方も、.ああしたらわるいだろう? こうしたら障る
だろう? とか、運命問題も、到底突破できぬとか、立ち上がれないようになるだろ
う? とかいつも暗い方面のみを見て、少しも明るい方面にその心を振り向けようと
しない、従って、その人生に何の活気もなく、寧ろ極言すれば陰惨なものさえ感ぜし
められる。

 これでは人生五十年何の価値も無いのである。

 多くいうまでもない。人生とは観念の世界である。気分の娑婆である。

 だから、他人はどうあろうとも、自己だけは、どんな窮地に立った時でも、その心
の積極性を失わないように、言語などは特に、雄々しく勇ましくあれということであ
る。

 考えて見るが良い。やれ困ったの、やれ情けないの、やれやり切れないの、やれ悲
しいの、やれ恐ろしいのという時、自分自身颯爽たる勇ましさを感じるかどうか。

 更にその言葉のために、自分の活きる世界がよくもわるくもなるという、目に見え
ない宇宙真理の厳存することを考える時、ほんとうに、自分の言葉には、どんなこと
があっても消極的なものを使わないことである。

 実際、ただ単に、消極的な思考でさえ、自己の人生に良くない結果を作る原因とな
るのに、それを更に言葉で表現すると、一層それを加重して印象することになるとい
う事実現象を想えば、言葉には常に積極性を失わない注意こそ肝要である。否この心
がけを実行することに意を用いると、自然とそれがまた習性化して、やたらと無分別
に消極的の言葉を使用しなくなるという理想的な人生に活きられるようになるのも当
然のことである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月13日(日)  (二) 付帯事項



 (その一) 日常の言行  これは平素人生に活きる時の言行である。即ちどんな
場合にも、積極本位であること、特に一層の注意を要するのは言語である。既に前
節、暗示の説明をした時にも述べた通り、言語というものには、頗る強烈な暗示力が
固有されている。従って、特に積極的人生の建設に志す者は、夢にも消極的の言語
を、戯れにも口にしてはならないのである。何故かというと、それがすべて自他同化
の暗示となるからである。

 であるから、仮にも泣き言や弱音は口にしないことである。まして悲観的言語や、
恐怖の表現や、下らない憤怒的言辞は、自分の言葉の中には無い位に絶対に使わない
ことである。

 古語にも、習慣は第二の天性というが、多くの人は、何と余りにも消極的の言葉
を、極めて平然と、何の顧慮もなく口にして生活している。これは偏に習慣に助成さ
れた結果に外ならないとはいえ、そのため一層自己の心を消極化していることに気付
かずにいる。

 だから、その種の人が、何かの人生問題に直面すると、それが健康関係のことで
も、また運命関係のことでも、その考え方までが、先ず消極的結果を自己答案の結論
として思考するため、良い結果が来るものまでも、反対に不良にしてしまっている場
合が少なくない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月12日(土)  断定暗示法



 以上の三方法が、精神感応性と相対関係の下にある思考作用を積極化すために、観
念要素を更改する私の創意した特殊の自己暗示誘導法の方式なので、極めて実行簡単
で、然も暗示の透徹力もまた極めて強烈なため、精神生命の特に積極的暗示の感受作
用をよく習性化するので、そうなればもうしめたもので、例えば何か自己自身考えき
れないような困難な問題に直面した場合、以上の三方法を用い、それを吾が潜在意識
に暗示づければ、いつかは必ず適当な断案を、考えるともなく極めて自然的に、心の
方から案出して来るようになる。要は、気難しい気持ちでなく、そして悠々あせるこ
となく、ただ怠らず継続するという気持ちで行われたい。そうすれば着々と精神生命
に積極的変化が具現して来るから、その心組みを忘れぬよう切望する。

 なお自己暗示誘導法と相呼応して、観念要素を更改するのに必要な付帯事項が数項
目あるので、それを下に摘記することとする。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする