2017年08月24日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月24日(木)  (イ)内省検討



 これは、何事か思うにつけまた考える時に、現在自分の思っていること、考えてい
ることが、果たして積極的か、それとも消極的かということを、自己自身客観的に自
己の心的態度を観察批判することなのである。

 このことは、かりにも観念を積極的に集中しようと欲するものには頗る重要な用意
なのである。多くの場合、大抵の人は、自己の心の前に現れた事物事象に対し、何の
分別するところなく、矢庭に慌てふためいて、取り組んでしまう傾向がありはしない
か? 従って、その時の自分の心の状態などを観察しようともしない。また時とする
と、今自分が怖れを感じているとか、悲しんでいるとか、或は怒っているとかという
ことを意識していながら、少しもそれを積極的の方面へ転換しようとさえしないとい
う頗る念の入った笑止の人さえある。

 然し、それをそれでよいとしていたなら、いつ迄たっても、正しい自己啓発という
ことは出来るものではない。常に自己の心的態度を厳かに監視するという心組みで、
一切の事物事象に対応する時の、自己の心の中で行われる思考の状態を、果たしてこ
れでいいかどうかと、入念に考査しなければならない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月23日(水)  処暑(旺盛な太陽も次第に衰え、暑熱も退くという意
で、

               処暑と言い、天地清く爽やかとなる。)

        積極観念の集中法



 どれほどその事柄が暗い結果に陥るようなものでも、またそれが事前に分っている
際でも、心は必ず明るくもつべしなどという言葉や文字を耳にしたり、目にすると、
神経過敏な気の弱い人なんかは、とても私にはそんな努力は出来そうもないときっと
思うであろうが、これもまた行うに適正な方法を以てすれば、案外難しい問題ではな
いのである。

 ではその適正な方法とは何かというと、凡そ下の五項目を常に心に置いて、人生に
活きるように心がけることなのである。

 ○積極的観念集中力養成の実践要項

  (イ)内省検討

  (ロ)暗示の分析

  (ハ)対人精神態度

  (二)取り越し苦労厳禁

  (ホ)正義の実行

 上はどれも、実行しようと思えば、僅かな努力で容易に積極観念の集中力を如実に
助成し得る、即ち心理学的過程を応用した要項なのである。



 
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月22日(火)  積極観念の集中法



 こういうと、そりゃ無理だ、結果が暗くなるとはっきり分かっている時に、どうし
て明るく心を保てようかと、抗弁する人もあると思うが、畢竟それが努力なのであ
る。明るい事柄に対して、心を明るくもつということは、何も特別の努力も修業も要
しない。だれにでも出来ることである。普通の場合、普通の人の出来ないと思うこと
を、できるようにするのが努力である。

 一体多くの人々には、少し難しいことだと、到底自分には出来ないと早計に決定し
てしまうという笑うべき軽率さが、多分にありはしないだろうか。

 古歌に、「為せば成り、為さねば成らぬものなるを、成らぬは、おのが為さぬため
なり」 というのがあるが、実際において、自己が為さぬために出来得ずにいること
がかなり沢山あるのである。また本当に、為し能わぬ人なら、いくら為そうと思って
もそれは出来得ないのは当然のことだが、然しそれは、極度の不具者か低能者の場合
なのでそうでない限りは為さざるために出来得ないので、またそのために、自己を為
し能わぬ人の仲間に入れている人なのである。かりにも、自己を現在よりも有意義な
人生に活かそうと欲する人は、どんな場合にも、自己を「為し能わぬ人」とか、また
「為さざる人」の組合に入れぬことである。そしてひたむきに「為す人」にならねば
うそである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする