2017年08月15日

「真人生の探求」(中村天風)

   8月15日(火)  終戦記念日  (其の二) 感謝の生活と三行



 次に、必要な事は、不平不満の意思表示を断然しないことである、万一心に、何か
の不平不満を感じた時は、自分より以下の運命や境遇に活きている人の現在多いこと
を、思い見るべきである。

 昔の諺にも「上を見ればきりがないから下見て暮らせ」 という意味の教えがある
が、実に穿ち得た尊い言葉であると思う。こういうとまた中には、そんな気持ちで活
きたら、向上心なんか何処かへ影を潜めてしまって、いわゆる人類の発達性が阻害さ
れるであろうという人もあろう。然しそれは大変な間違いである。まして不平不満と
いうこととは相対関係は少しもなく、寧ろ相反するものだといわねばならないことを
考えると、断じて不平不満を心に抱く勿れである。第一不平不満を心に抱くと、その
心は卑屈になり、萎縮的になり、自暴的になる。そしてその結果奮発心も、蹶起心も
出てこなくなる。その上、それが一つの性癖となって、僅かなことにもすぐに不平を
起し、不満を思うようになる。

 一体に、不平不満を感ずる人は、自分より幸福の者を標準とする傾向が多分にあ
る。例えば運命に対しても、世の中には自分よりもっと幸運の人がいるのに、.自分
は少しも恵まれないとか。また不健康の際でも、世の中には随分と丈夫な人も多いの
に、自分は何という憐れな弱さであろうと言う風にーーーそして果ては他人を怨嗟
し、親兄弟まで悪く思い、遂にはこの世に神も仏もあるものかなんて無鉄砲のことを
いう人さえある。

 そして、そういう心持の人に限って、この世の中には、自分よりもっと運命的に
も、健康的にも、不幸の人のいることには考え及ばない。だから、自分が今そういう
極度の不幸の人の陥っているような状態にならずに、この位の処で活きておられると
いうのは、ありがたいことだと、それを感謝しようという気持ちが少しもない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする