2017年09月05日

「真人生の探求」(中村天風)

   9月5日(火)  (二) 取り越し苦労厳禁



 やれこれがこうなったら、ああなるであろう? そうなったら、一体どうなるであ
ろう? 等々と。然もそうした取り越し苦労という一種の考え方は、いずれも皆それ
が消極的観念から思考されるものなのだから、いつまでいくら考えても、決して自分
の安心するような積極的方面に振り向け変えられず、ただ徒に、思えば思う程に、考
えれば考える程に、その思索は独自的の推察や、歪曲の断定で、混然とした紛糾錯綜
のものとなり、いよいよ出でていよいよ迷い苦しむという結果を、吾れと吾れ自ら
作ってしまうという始末になる。そして、その間心のエネルギーはどしどし消耗され
ているのに気がつかない。中にはそのために食欲不振になったり、夜の睡眠までも自
らの心持で妨げて、不眠状態に陥る人さえある。世にこれ程滑稽な話があろうか。何
故かというと、まだ現実に現れていない自己の想像や推定で、生命確保に必枢なエネ
ルギーを消耗すというのは、痴愚以上のものである。何のことはない。自分で自分の
心のスクリーンにお化けの絵を描いて、自分で驚いたり怖れたりしているのだから、
実に噴飯至極というべきである。

 こういうとまた、そりゃ他人のことならそうもいえようが、自分自身に降りかかっ
ている事情を、馬鹿か無神経でない限りは平然としていられるものではない。まし
て、古人もいった、「遠き慮り無くば近きに憂いあり」 と、従って考えざるを得な
いのが当然だと。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする