2017年09月21日

「真人生の探求」(中村天風)

   9月21日(木)  神経反射作用の調節法



 これに就いて、興味のある参考談がある。昔、東海道桑名の渡海船が、途中で大時
化に遇って難破し、乗り合いの殆ど全部が溺死した。そこで、その漂流して来た溺死
人を、岸辺の砂浜の上に並べて、桑名の浜役人が一々検視を行った処、その中に一人
の僧体のものが、どう見ても死相になっていないので「この沙門は死んでおらぬよう
だ」 というと「いいえもう既に息絶えております。」 と下役人がいったが、検視
の役人は相当心得のある男と見えて「いや真死でなく仮死らしい。とにかくその者の
肛門を調べて見よ。必ず締まっていると思うから」 というので、下役も不審に思っ
て調べて見ると、上役のいったとおり、他の溺死体と異なり、肛門が堅固に締まって
いたので「仰せのとおり締まっております」 というと「そうであろう-----では手
当をいたして見よ。蘇生いたすから」 というので、下役が型のとおり水死人に施す
手当を行うと、やがてこの僧体が息を吹き返した。そこで検視の役人が「御坊は何れ
の沙門か存ぜぬが、余程心得のある方と見受ける」 というと、かの僧は「どういた
しまして、愚僧は未だ修業中の未熟者に御座ります」 というから、上役が「いや
中々そうで御座らぬ。大事に臨んで肛門を締められるなどは未熟輩の為さぬところ、
誠に感服いたした」 というと「肛門を締めましたのがさほど御褒めに預かります
か」 と不思議そうに問い返すから「数多くの溺死人悉く助かり申さず。その中で御
坊だけは、肛門の締まりおりしため蘇生されたのである」 というと、かの僧いと感
慨深げの面持ちで「作用で御座りますか。さてさて愚僧のお師匠はえらい御方で御座
ります、実は愚僧は、目下京都に御滞在中の白隠禅師の下に使われております白翁と
申す者で、この度所用のため郷里に立ち帰る途中、この災難に遭いましたのですが、
京を発足いたします時、師の御坊が、旅は世慣れぬものの一入気をつけねばならぬも
の。とりわけ何かの大事に出会いし時は、何を措いても、肛門だけは緩めるでないと
仰せになりました。その時は格別何とも思わず出発いたしましたが、桑名の渡海船に
乗りまして間もなく大時化で、船頭衆も、もうとても駄目だから乗り合いの皆さん覚
悟して下されとのこととて、その時ふと出発の際の師の御坊の言葉を思い出し、どう
せ助からぬものなら、せめてこの一期の大事に、何はともあれ、師の御坊の仰せのと
おり、肛門だけを締めようと、船から浪間へ振り落とされる刹那までも、その事のみ
を一生懸命行念いたし、そのまま気を失いましたのですが------」 と物語るを、黙
然として聞いていた役人は『流石は日本一の高僧』 よと、いたく感動したという話
がある。

 勿論、その当時の識者が、神経叢と肛門との関係を、学術的に理解していたかどう
かは疑問だが、然し、いわゆる実際から会得していたという尊い事実的知識であると
思う。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする