2018年01月06日

「研心抄」(中村天風)

   1月6日(土)  「我」とは何ぞや?



 そして本能階級の人々は、口に吾が心とか吾が精神とかとはいっているものの、そ
の吾が心とか精神とかといっている心というものは、肉体の要求や五官の感覚から構
成されて本能的に発動する心を指していっているので、従ってこの種の人々は所謂心
というものを、極言すれば肉体に付属した即ち、肉体よりもより低級のものだと思惟
している。

 そしてこの自己意識というものは、真理の上から厳格に論断すれば、極めて価値の
ない低級のものだといわねばならない。何故かというとこの自己意識たるや、即ち、
野蛮蒙昧の民族のもつ自己意識ともいうべきで、かりそめにも文化の進歩した時代の
人間のもつべき自己意識ではないからである。

 従って、厳密にいえば、こういう自己意識を万一もつ人があるならば、その人は未
だもって、真の文明民族とは言い得ないのである。

 本能階級者は

  ○肉体=われ、心はその付属物

 理性階級者は

  ○心=われ、肉体はその付属物

 と考定している。

 苟も吾人がその人生を大定の境涯に活きるには、よりもっと高い真正の自覚に突入
して、正しく「われ」というものの本体をその意識の中に把握せねばならない。

 
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする