2018年01月23日

「研心抄」(中村天風)

   1月23日(火)  第二節 真我不滅の要諦(生死の正念諦観)



 西哲の言にも「恐怖を感ぜざる人生は神の世界に生くるに等しい」というのがあ
る。が実際においておよそ恐怖という観念位人生を毒するものはない。言い換えると
人生の安定というものが徹底的に破壊される。たとえば病を気にするのも恐怖念があ
るからで、更に運命や人事世事をいろいろと取り越し苦労するのもやはり恐怖念が働
くからである。

 病や運命を気にすれば、その結果が一体どうなるかという事は、既に別著「真人生
の探求」にも詳述したとおりで、百損あっても一益さえない。

 第一恐怖観念というものがその心に生じた時、その心に何かの楽しみを感じるか、
あるいは何かの愉悦感を覚えるかを考えて見るべしである。

 これに反して人間の心の中に恐怖観念というものの発生する程度が軽減されると、
どれほどか人生に感ずるなごやかさが多大になるかである。そしてその結果は健康上
にも又運命上にも良好なる反響を波及する。

 という忽せになし得ない事実が人生に存在する以上、かりそめにもその心を肉体本
位に偏倚せしめることを可及的に避け、只管に真我本位に活くべきである。

 そしてこの心がけが徹底されて常住真我本位という正信念が確立されると、よしん
ば肉体は亡び失せても、また心が消滅しても、この絶対の本源的中枢実在たる真我だ
けは決して滅びるものではないという大真理に、吾が心は期せずして融然と到達し得
られる。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする