2018年02月06日

「研心抄」(中村天風)

   2月6日(火)  「心」とは何ぞや?



 が然し、大部分の人は、前述したとおり「心」「心」と盛んに口や筆でいうもの
の、この区別に無理解で、その概ねは、自分が現在使っている心だけを自己の心の全
部であるかのように思い込んで居る。

 然も現在自分の使っている心は、肉体生命に属する本能心と少量の理性心とだけで
あって、よりもっと高級優秀な霊性心の実在する事などに気付かず、従って現在自分
の使っている心なるものは、実は心の全量に比較するとわずか一端に過ぎず、心とい
うものはもっと奥もあり深さもあり分量も多分だという事にも亦気付かずにいる人が
多い。

 そしてもっと心というものを本質的に正当に使えば、人生をよりはるかに幸福にす
る事が出来得るものであるという価値高い実際消息には概ね無自覚の人が多い。

 私がこのように力説するのは、要するに普通の人が未だ気づかない方面に広大無辺
の心が存在しているから、営々と吾と吾が心を正当に訓練啓発して、自己の心霊の奥
深くに内在する幽玄偉大な力を発現せしめ、自他の人生に活用して、世の平和に協調
し得る真日本の建設に貢献するという、人生至上の大本願を完成して頂きたいがため
に外ならないのである。

 そして特に心の要素や約束を究めようとするものに必要な注意は、どんな幽玄な働
きをもち微妙な力を発現する心を自覚的に発見しても、それを自己の人生に対し主宰
力のあるもののように思量しては絶対にならないということである。

 というのは、とかく初心の間というものは、自己が未だかって味わなかった幽玄微
妙の心の働きや力を感得すると、全くこれまで自己の予想さえしなかったものだけ
に、すぐそれを無条件に価値高く思惟し、自己の人生の一切の主宰をこれに委任する
のが断然正当の人生態度であるかのように考えがちなものであるからである。

 これは要するに、心の訓練啓発その効を奏して第六感以上の感通作用(テレパ
シー) や感応力(クレアボヤンス) 等が発生したり、又霊智や霊感が発動する
と、いわゆる歓喜天的のエクスタシーを感ずる結果、心の価値を極度に至上視して、
これに人生を委任する事が最も安全率が多分にあるかのように思惟するという無理か
らぬ事由があるためである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする