2018年04月16日

「研心抄」(中村天風)

   4月16日(月)  第一節 精神統一に関する理解



 そもそも「粘り強い注意」というのは、心の前に現れてくるいろいろの事柄や問題
を、一々同一の強さを持つ注意力で極めて円滑事由に応接交渉する状態をいうので、
それは丁度探照灯を必要の方向に同一の光度で自由自在に回転して、暗中の物体を照
見するのと同様の状態である。ところが「執着」というのは、心の前に現れた事物事
象にその心が捕捉され、容易に他にその心を振り向け換える事の出来ない状態をい
う。言い換えると、心が一事一物に固着して他方に転換ができない有様をいうのであ
る。このようにこの両者は実は相似て全く非なる断然別箇のものなのである。

 それならば真に「粘り強い注意」というものを習性化するには、どんな訓練をその
心に施すべきかというに、それには先ず注意という事に関する正しい理解を必要とす
る。そもそも注意というものには

  一、無意注意

  一、有意注意

 という二つの区別がある。

 そして第一の無意注意とは、敢て特に意識を用いて注意を振り向けようとしないで
も自然的に注意の注がれる心的状態の事なので、判り易くいえば突然もしくは偶然に
吾人の心に映じる何かの印象事物に促されて生ずるいわば他動的の注意の事をいうの
である。たとえば何ものにも特に注意を振り向ける事なしに、寧ろ無心の状態で道路
を歩いている際などに、突然横合いから急激に何か珍奇な服装でもしている者が飛び
出したとする、すると誰でも咄嗟にその飛び出したものに.注意を振向けるものであ
る。この注意状態を無意注意という。
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2018年04月15日のつぶやき




















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