2009年11月10日

「天地人」第42回、「将軍誕生」

戦国武将・直江兼続の生涯を描くNHK大河ドラマ「天地人」第42回「将軍誕生」が2009年10月18日に放送された。今回は徳川家康(松方弘樹)の征夷大将軍宣下と上杉景勝(北村一輝)の正室・菊姫(比嘉愛未)の死である。
「天地人」は時代劇ながらホームドラマ的要素の強い作品である。今回も歴史の動き(豊臣家の家臣である家康が武家の棟梁となったことへの上杉家の対応)とホームドラマ要素(夫婦愛)を調和させたストーリーになった。
今回の白眉は兼続(妻夫木聡)が家康に謁見するシーンである。本来は景勝が謁見する筈であったが、菊姫が病気で倒れたため、景勝は菊姫のいる伏見に急行した。家康は兼続に景勝の不在を責める。景勝が上方に行った理由を豊臣家と陰謀を企むためではないかと邪推までする。これに対する兼続の反論が爽快であった。妻の看病に赴くことが上杉の心であると主張する。そして家康に「天下を治める心があるならば、いかに親子、血縁の絆が大事かということを理解してほしい」と物申す。
家康は政務を欠席してでも妻の看病に行くことを理解できない俗物として描かれている。それが史実の家康であるかは別として、利益や権力という要素でしか物事を考えられず、人情や感情が人を動かす原動力になることを理解できない人間が存在することは確かである。そのような人物に愛の価値観を堂々と貫く兼続は見事である。
「天地人」は非常に難しいドラマである。結果論では会津120万石から米沢30万石に減封という成功とはいえない人生である。しかも、それは関が原で西軍が敗北した結果であり、上杉家が死力を尽くして戦った結果ではない。しかも上杉家は敵対した家康の臣下として存続する。真田幸村のような壮絶な最後もない。
また、「天地人」は義や愛というテーマを掲げている。世渡り上手というのも生きるか死ぬかの乱世においては重要な才覚であり、それをドラマにすることはできる。しかし、それでは義や愛というテーマと矛盾してしまう。江戸幕府という現実に妥協した兼続を義というキーワードで一貫性を持たせることは困難である。実際、実頼(小泉孝太郎)は家康の将軍就任の挨拶に行く兼続を非難する。そこに一貫性を持たせる答えとなるものが家族への愛になると感じられた。(林田力)
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posted by 林田武 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 林田力記事転載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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