2017年03月28日

「真人生の探求」(中村天風)

   3月28日(火)  第一章 生命内在の潜勢力

      内在する微妙な力



 さて多くの人が概ね多くの場合、正当な人間の価値認識を、往々第二義的な寸法違
いで、行っている。そしてその原因は、普通の場合、普通の人の気づいていない事実
消息があるがためだと前に述べた。然らば、その原因となっている事実消息とは、一
体どんな事柄かというと、人の生命の内奥深くに、潜勢力(Reserved

Power)という微妙にして優秀な特殊な力が何人にも実在しているという、尊厳な大
事実を信念していないからである。実際の話が、この文化の時代に活きる人々が何事
かといわねばならぬ程、大抵の人がこの峻厳侵すべからざる、自己自身の生命の中に
実在する大事実を気づいていない。従って、気づいていない位だから、またそれを人
生に応用行使しようとしない。そして、その当然の帰結として自分の為すこと、思う
ことの総てが、度々いすかの嘴と食い違う。だから、どうしても、この世は儘ならぬ
ことだらけな、寧ろ憂鬱なことの多い世界で、人間というものは常に現象というもの
に引きずり回され、何としてもこれに拮抗することのできない、せんじ詰めれば、全
く憐れな弱いものさなどと、消極的に考えるべく余儀なくされ、特に、病や運命に
は、到底どうすることも出来得ないもののように、軽率にも頭から断定し、然もそう
した考え方が少しも間違いのない正しいもののように思い込む。

 然し、これでは事実に於いて、人間なんていうものは、何の価値も無いもののよう
に考えられるのもまた無理からぬ事と思う。然し、ほんとうに現在よりもより良い人
生に活きようと願うなら、こうした考え方は、断然自分の考え方の中から切り捨てな
ければならない。即ち、厳粛な解脱を必要とする。というのは、前にも述べた通り、
人間とは、多くの人々の考えているような力弱い憐れなものではなく、もっともっと
力強い尊厳な存在なのであるからである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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