2017年05月13日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月13日(土)  心身一如



 そもそも人間の生命は、どういう内容素をもってつくられているか? というに、
多くいうまでもなく、霊魂を中核として、精神と肉体とが、密接不離一如の状態の下
に結合されて作られている。即ち心と身とが打って一丸とされたものが、人間の命の
真の姿である。

 由来、人生とは、その生命の活きている事実に対する名称である。従って、正当な
人生は、正当な活き方からのみ獲得されるということも、容易に合点の出来ることで
ある。心身の統一された活き方が、人間の本来の面目に即応した純正な生活法である
と論断するわけも、またこの点にあるのである。即ち、心身が統一されて営まれる生
活法は、人間の生命のありのままの姿である心身一如という厳粛な事実に、正しく順
応した活き方であるからである。

 ところが、前に述べた現代人の多くがおこなっている生活法は、どれも精神か肉体
かの何れか一方に偏傾、偏重されている。これもまた多くいう必要もないことで、二
つのものが相結合し形成作為されたものを、ただその一方のみを重視重用して、完全
の結果が招来される道理がない。

 これはいくらも簡単な例証で説明の出来ることで、たとえば一挺の楽器から微妙な
音楽を奏で出すには、楽器のことも入念に考査注意しなければならないが、同時に、
その楽手の技能ということも絶対に不可分の条件として、これまた入念に考査されな
ければならない。どれほど楽器だけを充分吟味しても、楽手の技能を無視しては、完
全な音楽が演奏されないのと同様、反対に楽手だけを吟味しても、楽器を軽視したの
では、同じく到底完全な音楽は味われない。要するに、楽手と楽器とが、一如に考え
られなければならぬ、即ち統一されなければならない。人生また然りである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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