2017年07月24日

「真人生の探求」(中村天風)

   7月24日(月)  連想暗示法



 勿論、活力というものは、その人の寿命のある限りは、昼夜間断なくその生命に供
給されてはいるが、特に考えなければならないことは、睡眠時の方がその受容量を増
大して、完全に供給を受け得るのは、大脳に制止作用という特殊の作用が生ずるから
である。

 即ち、活力というものは、第一に神経系統に受け入れられ、そして神経系統特有の
機能と作用とに依って、各種の方式と形態の下に肉体内の各種臓器及び各種筋肉、骨
格その他末梢細胞の末に至るまで配給され、こうして吾人の生命は確保されるのであ
る。

 然し、お互い人間は、昼間特別の人でない限りは、活きるために必要な各種の仕事
や作業に対応するために、精神なり肉体を絶え間なく活動させている。従ってエネル
ギーの相当量を消耗している。極言すれば、何事もしないでいても、目覚めている以
上はある程度の活力の消耗は免れない。処が、睡眠時は全然これと相違し、心も肉体
も活動を停止する。従って消耗を行わない。そしてその時、精神作用を表現する実在
意識の活動が休止すると同時に、大脳に制止作用という特殊の作用が生ずるのであ
る。

 そして、その制止作用が生ずると、大自然から各人の生命へ供給される活力を、豊
富に神経系統に受容するという可能性が、完全に具顕するに至るのである。そして昼
間のエネルギーの消耗に依って、体内に副産物として生じた乳酸その他のいわゆる疲
労物質を程よく中和し、同時に明日の生命持続に必要な活力を補てんするのである。
であるから、前後も知らずに眠るといういわゆる熟睡をすれば、完全に疲れが回復す
るというのも、この理由によるので、即ち、活力を入れる容器の受け入れ口を、思う
存分広く開いて受け入れるのと同じことになるからである。

 そこで哲学的には、睡眠は人間の生命に神の力が結合する尊い時だといい、宗教的
には、神人冥合の時だというのも、またこの理由があるからに他ならない。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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