2018年07月09日

「研心抄」(中村天風)

   7月9日(月)  バツ=おくがき=書物のあとにつける文



 世の人の多くは自己の心業の一部を以て自己の心の全体なりと思量する。

 その為知らず識らず真我の偉大なる力をクンソクせり。然もこれ偏に意識に関する
理解に欠くる処あるがために外ならず。

 されば吾等は只一念この真理に則して心の開拓に努力し、ひたすらに真我の表現た
る霊性の発現を以て本願となすものなれば、頼み難き理智のみに貴重なる心業の一切
を委ねるべからず。

 およそ自己の有する心なるものは、自己の理智が考うるところよりも遥かに広大に
して、又無辺のものなれば、心に心してこの広汎領域を開拓し、尊厳なる意志を以て
その一切領を主宰統一すべし。

 叩かざれば空しく霊門の扉は固く閉ざされて永遠に開かれざるべし。

 叩けよさらば開かれん。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月02日

「研心抄」(中村天風)

   7月2日(月)  第三節 潜在意識の神秘



 さて次に必要な理解は、吾々の意識は、肉性意識、心性意識、霊性意識の、何れ
も、いわゆる実在意識と潜在意識の二つに分割されて存在しているという事柄であ
る。そして吾人の心理作用の九十パーセントまでは、この潜在意識の作用で行われて
いるということも記憶すべき大切な事なのである。

 ところが兎角多くの人は精神活動の直接の衝に当たっているという関係から、実在
意識を潜在意識よりも重視して考える傾向がある。然しながら前述したように実在意
識の精神活動も単独に行われる場合は実際に於いて極めて稀なので、殆ど潜在意識の
作用から内的誘導を受けて行われているのである。たとえば何か考え事をするという
時、皮相的に観察すると実在意識だけで行っているようであるが、その実は潜在意識
の作用がその大部分を助成補修しているのである。それはこういうことに想到すると
すぐ分明すると思う。即ち吾々が何か難しい問題に直面し、一生懸命その解決の方法
を考えるのに専念しても、どうも適当の名案が心に浮かばないような時、いわゆる考
え疲れて一時その事柄を心から投げ出すか、でなければその時突発した他の用事など
に、心を応接せしめて、その事柄から心を離したと言うような場合、言い換えると全
然その事柄と心との関係が中断されている時、不図考えるともなく良い名案や正しい
判断などが心に浮かんでくるということは誰でもが実際に経験のある事と信ずる。

 そしてこの現象は偏に潜在意識の作用に因由するものなのである。然し何分にも多
くの人はこの消息について全く無理解で、それをさえ、実在意識の作用のように考え
ている人すらある。

 吾人が真に幸福を感じ得る理想的の人生に活きるのには、恒に潜在意識を正当に整
理して霊性意識発現の材料を多分にし、同時に霊性意識を出来得る限りより多く発現
して人生に活きるよう、その実際習練に努力すべきである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月25日

「研心抄」(中村天風)

   6月25日(月)  第二節 霊 そしてこの霊感というものを



 哲学者や又は宗教家がよく霊感ということを言う。一体その霊感とは何かという
と、霊感とは即ち前述の霊性意識から発現する「自覚正念」の別名なのである。であ
るから煎じ詰めれば霊性意識を発動させずに人生に活きている人には、この霊感=自
覚正念という峻厳犯すべからざる特殊の心的作用は容易に発現しないといえるのであ
る。

 そしてこの霊感=自覚正念なるものは、推理推測で物事を判断批判しようとする理
性というものよりは、物事の判断に対し遥かに超越した正確さを持つ尊厳なものなの
である。

 かのベーコンの如きはこの特殊の心的作用を形容して魂のフラッシュライトと称
し、更に「この霊感なるものは何等の推理推測を行うこと無しに然も刹那的に生ずる
迅速なる判断であり且つ又正しき断定なり」といっている。

 由来この心的作用は、厳密に言えば人間には男女の別なく公平に賦与されていると
いえるものなので、即ち心性意識本位でなく霊性意識本位で人生に活きる人には、何
人と雖も発現し得るはずのものなのである。

 かの有名なインドのYogi(ヨガ)の哲学者は、既に数千年の昔からこの消息を
知っており、彼らの生涯を捧げての修業の目的は、その日常の生活が完全に霊性意識
で活き得て、そして自由に霊感を発現し得る真人もしくは哲人たらんとするにあるの
で、従ってあの深遠な哲理も煎じ詰めると悉くこの霊性意識の生活を根本理念とし、
又それを目的として組織されているのである。

 何れにしても事実に於いて人間としての最高理想は、この霊感発現の人たるにある
ということは何ら疑いのないところである。そしてこの霊感というものを自由に発現
し得る人は、いわゆる霊格者と称し、普通の人格者よりも一段超越した神に近い人と
いえるのである。要するに吾人の修養の目的も又その点にあるので、実際に於いても
しも修養練磨しこの境地に達する事を得れば、いわゆる真の安心立命を獲得し、一切
の疑惑も恐怖も不満もなく、又毀誉も褒貶も心にかからず、恒に恬淡明朗という輝か
しい歓喜の世界に活きられるようになるというのも、つまり強固な信念が期せずして
作為され、それが又自己統御の基礎となるからである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする