2017年04月17日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月17日(月)  潜勢力の発現



 そして次第に人生研究の深められて行くに伴い、前述の生命に偉大な潜勢力の実在
する大事実を自覚し、同時に、その力の現実発現を期成する実際的の手段と方法と
を、創意発見するに及び、全く人生の全面目がここに俄然更新されたのである。

 即ち、さしもの大患も薄紙を剥がすように恢復し、運命もまた予想以上に順調化し
得るに至ったのである。そして、今日このように救われ、またこのような幸福な人生
に活き得られるに至った現在の自分を顧みる時、この歓びこの感謝を、到底自分一人
だけのものとするに忍びず、まして世の中には、自分の過去と同様に、病弱や、悲運
に、恵みの漲る人生を寧ろ懊悩して活きている気の毒な人が、事実に於いて余りにも
夥しいという実情を見て、敢然私は一切の第二義的人間欲望である、即ち出世成功を
してみたいとか、地位や名誉や富を作って見たいという欲念を断固として打ち捨て、
ひたすらに、この自覚の誘導と潜勢力の現実発現の実践的手段と方法の実際教導に、
全生涯を捧げることに決意し、三十余年前から今日に至るまで、講習会組織の下に、
有縁の人々に斯法を宣布教化するため、及ばずながら努力して来たのである。
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2017年04月16日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月16日(日)  潜勢力の発現



 実際! この世界の偉聖ともいうべき哲人の言葉を、玩味すればする程「人間とい
うものは、多くの人々の思っているものよりも、遥かに尊いもの、遥かに崇高なもの
だ」ということを、切々として吾が心に感じるのをどうすることも出来なかった。そ
してこの言葉こそ現在の自分のように、病や不運と絶えず吾が心を取り組まして、明
け暮れ悲観や煩悶の坩堝の中でのた打ち回っているような人生に活きることが、およ
そ人間としての最大の愚かさであるということを、厳かに反省自覚せしめようとす
る、正にこれ人生自覚への一大箴言なり! と深く信じた。そして、それは丁度、長
夜の眠りを警鐘を乱打されて覚醒せしめられた時と同様に、その刹那翻然として私の
心は、何とも言えない新しいものを感じ出したのが事実である。

 即ち、自分もソクラテスのいうような崇高な人間の一人として、この世に生まれて
来たものである以上、たとえ明日の日この病で斃れようとも、出来るだけその本質の
尊さに悖らぬように活きることに努めなければ嘘だ! 今迄のようにやたらと自分の
病弱を悲観したり、運命を煩悶するという活き方は、人間の本質を冒涜するものだと
いうように------そしてそれ以後は今までのように、人生を呪わしく思う気持ちが、
驚くほど、急速度に薄らいで来たのである。

 その結果、形容の出来ない安易を、日々の人生に感じるという、活き行くことに多
分な気楽さを実感し得るようになり得た。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月15日(土)  潜勢力の発現



 尤も、この考え方が間違いであろうとなかろうと、或はまた独断であろうとなかろ
うと、それは私の少しも介意する処ではなく、只ひたむきに、そうに違いない! と
私は強く確信したのである。というのは、このソクラテスの言葉を前述のように考定
してから、前にもいったとおり、私の人生観に、自分でも驚くような一大変化が起
こったからである。即ち、私の人生に対する考え方が、自分でも驚くほど、量におい
て、質において、その収穫の実果を多分にし、かつ、正確にしたからなのである。平
たくいえば、そう考えてからの私は、先ず人間の本質を研究せずんばあるべからずの
意気に燃え出し、人間とは必ずや現在の自分が日々味わいつつあるような、価値の乏
しい活き方で活きねばならぬような、そんな低劣なものではないに違いないと、切実
に感じたのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする