2017年04月14日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月14日(金)  潜勢力の発現



 処が、その際偶々このソクラテスの言葉が、思い出すともなく心頭に浮かび出し、
同時に在来の学者や識者のこの語に対する解釈をも、想い出した。がその時、私の心
の中に何とはなしに、この語の中に学者や識者の解釈よりは、もっと人生に関する高
いものが含蓄されているのではないかという一種特異な気持ちを感じた。

 そして第一に考えたことは、ソクラテス程の人生に関する非凡な卓見をもった哲人
が、多くの学者や識者の解釈するように、ただ単なる道義的処世訓といったような狭
い意味でこの語を作ったとは、どうしても思われない。これには他にもっともっと深
い意味が含まれているに違いないということであった。

 そこで実際真剣に考えて見た。尤も当時の私は、未だ人生の研究が、広さも深さも
なく、不十分であったから、その考え方も勢い浅薄であったに相違はないが、然し分
相応に、自分の能う限りの努力で一生懸命考えて見た。

 そしてその結果こう考えた。即ちこの語は、学者や識者の多くがいうような、単な
る処世上の教訓や道義上の訓戒を目的として作られたものではなく、勿論それも否定
する必要は毛頭ないけれど、実際はもっと尊い人生消息を喝破したものに相違ない、
即ち「人々よ、人間の本質に目覚めよ!」という、人生自覚の一大示唆を含蓄したも
のなのだと、確信するに至ったのである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月13日(木)  潜勢力の発現



 先哲ソクラテスの言った言葉に、“Know thyself”という有名なものがあるが、こ
の言葉こそ正に、上述の人生消息を喝破した一大箴言だといってよいと思う。

 尤も、この語に対しては、古今の学者や識者の中には、往々これを「己の分を知
り、その分を超ゆる勿れ」という意味として、道義的処世訓のように解釈している人
が相当多い傾向があるが、私は断然これに同意しない。否、もっと第一義的に解釈す
ることが、ソクラテスがこの語を吐いた真意図にかなうと確信する。

 というのは、実の処をいうと、私が昔先ず人生というものを真剣に探求して見よう
と思い立ったその第一の所因は、この語から大きな示唆を吾が心に受けたためだから
である。そして同時に、この語から受けた一大示唆に因って、私の人生に対する自覚
が新しくされ、人生観に非常な大きい変化が起こったという事実があったからであ
る。

 当時の私は、極端な不健康に悩まされ、その上運命も文字通り悲運の境涯に陥って
いた。そこで何とかして、そうした悲惨な人生から救われたいという一心で、少しで
も人生に関係する知識や理論は、実際貪るように研究したのである。勿論、最初の間
はよくあるように自己自身の陥った境涯を極度に悲観し、いくら努力してももがいて
も、健康一つ中々に恢復しないので、結局自分という人間には、こうした人生境涯を
突破切り抜ける力が全く無いのだと、一時は極めて消極的な諦め方で、自分というも
のを、一途に哀れな存在だと思い決めてしまったのであった。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

「真人生の探求」(中村天風)

   4月12日(水)  潜勢力の発現



 真理に因って作られた現象界に、真理に因って生み出され、真理に因って活かされ
ている人間の人生解決は、ただ真理一本だけ、他に何もないのである。

 その真理とはなに?

 曰く「造物主が、人間各自に、自己人生の一切をこれを以て解決し、完全に万物に
霊長たるの資格をこれを以て発揮し、又これを以て宇宙原則に即応する人間の大使命
を遂行せよとの意図を以て、その生命の内奥に、何人にも公平に賦与された潜勢力の
現実発揮」 即ち、これである。

 であればこそ、何を措いても第一に、勢力の実在を信念し、これが現実発現を期成
すべしと、諄(くど)く強調するのである。実際、この自覚を正しく自己の心に促さ
ない限りは、どんな努力を敢行しても、人生の解決は望んでも得られない。

 また更に、自己人生の解決が完全に出来得ないとしたならば、たとえどんなに学問
を研究しても、またどんなに人生苦楽の経験を積んでも、その種の人々の計画や努力
では、ほんとうに世界の協調と平和とを顕現し得るような理想的の民主国家も、民主
社会も、実現できる筈がない。俗にいう船頭多くして船山に登るの結果だけしか来な
い。これは決して机上の推論ではなく、今の世の中の種々相を見れば、事実が雄弁に
これを立証しているではないか。

 だから、国家社会という大きい問題を解決するにも、先ず人間各自が、第一に自己
を正しく解決することが、どんな点から見ても先決問題であるということは、異議な
く肯定されることと信じる。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする