2017年11月10日

「真理行修誦句集」-----瞑想行修用-----

   11月10日(金)  入聖開悟の誦句



 吾は今、わが心の中に、この世のすべてのものを正しく理解し得る、偉大なる
「光」あるものが宿り居ることを、厳かに信ずる。

 この「光」こそは、この世に在る唯一つの絶対たる宇宙霊が、わが霊魂の中に与え
給いし慈悲の雫である。

 又この「光」こそは、わが命と宇宙霊とを、確実に結びつくるくろがねの鎖であ
る。と同時に、更に真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵である。

 そもやこの「光」が、わが心の中に燦然として輝かば、尊しや、宇宙霊は、世の
人々のいう「神の啓示」なるものを、量多くわれに与えたまう。

 そして、その能わざるなきの力を以て、迷いに眩むわれ等の心の眼を正しく開かせ
たもう。

 さらば、吾は今、この厳かなる法則を、慎ましやかに行わんがために、心の歩み
を、宇宙霊に従わせて、ひたすらに真と善と美のみの上に運ばせよう。常に入聖指南
の「弁別の」の笞(しもと)を手にして-----そしてひたむきに、この「光」の発現
に努めよう。

 さすれば、この妙なる「光」は、やがてわが心の中に美しき悟りの花を咲かせ、そ
の稔りを豊かにして、わが命は、常に、おののく如き歓びに満たされん。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

「真理行修誦句集」-----瞑想行修用-----

   11月8日(水)  神人冥合への誦句



 およそ、人としての真の価値は、ただ偏にその心の力の程度に従う。

 しかも、この心の力なるものは、永遠に、創造的に、万象を化成する、宇宙霊を、
その源泉とせるものである。

 従って、吾等かりそめにも、より優れ、より尊からんことを希(こいねが)わば、
須らく常にこの絶大無限の宇宙霊の力を、能う限りわが生命の中へ、量多く受け入れ
ることを、ひたすら心がけざるべからず。

 まことや、この力たるものこそは、宇宙本体たる、宇宙霊より湧き出づる、ブリル
の噴泉にして、また人の命の価値の本源である。

 そして、その中に、あらゆる芸術、一切の創作並びに発見の動機と端緒とが、秘め
隠されて居るのである。

 吾は今、吾が心の我執の解脱が、居ながらにして、宇宙本体と合流することであ
り、またこの霊妙なるブリルを、分量多く、わが生命に受け入れ得る秘訣であること
を知った。

 そして、恒にこの秘訣を行えば、宇宙霊の力は、即座直ちにわが生命に注ぎ入れら
れること、そは必然の真理である。

 されば、吾は常に心して、わが心の我執を払拭し、わが心の一切を優れし形に於い
て積極化し、その積極化されし心を以て一切を又積極化せば、茲に期せずして、溌剌
颯爽たる至高至福の人生を顕現することを得ん。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

「真理行修誦句集」-----瞑想行修用-----

   11月7日(火)  立冬(陰気深くこもり冬の気立つと言う意で立冬と言う。

              次第に冷気深くなる)

         安心立命への誦句



 およそ、現象の世界に、その生命を生かしつつあるものは、何れもすべてが「見え
ざる実在の力」に依って、その命を、保たれて居るのである。

 しかもこの「見えざる実在の力」こそは、世の人々の言う「神」又は「仏」にし
て、またわが天風哲学の称する「宇宙霊」なり。

 而して、人にして若しこの真理に正しく目覚めなばその人生は、刹那直ちに堅固な
る礎の上に屹然として立てる古城の如き、豪壮なる強さをもつに至らん。

 何とならば、かかる自覚こそは、人の命の本体である尊い「霊魂」を、万物一切の
根源を為す宇宙霊と、確実に結びつけることになるがためである。

 宇宙霊なるものは、誠と愛の満ち満ちたる絶対調和の精気である。

 従ってこの信念が、確固不抜のものとなり得なば、わが命は、求めずとても、愛と
誠と調和という、霊妙なる雰囲気の中に活きることとなり、期せずして、愛と誠と調
和という聖なる精気は、わが命の、隅々までに漲り溢れ来たらん。

 かくして、一切の不純、一切の邪悪、一切の弱さと卑しさは、この聖なる気の流れ
で洗い清められる。

 今、私の心は、尊く強く正しく清らかにして、即ち絶対に積極である。

 従って、人の世に対する「不安」「恐怖」などという、人世を価値なくするが如き
心持はわが心の中に微塵だにない。

 更にまた人の運命を毀(こぼ)ち、人の命を傷つける「怒り」又は「憎みや悪口」
というが如き悪魔の息吹は、堅く閉ざされし、わがこころの黒鉄(くろがね)の扉を
開く能わず。

 そして、わが人生は、事あるも事無き日と同じく、洋々として和やかなること、さ
ながら春の海の如くあらん。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする