2017年05月19日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月19日(金)  心身統一の効果



 第一に知らなければならぬことは、あらゆる力というものは、それが何の種類であ
るかを問わず、すべて「気」というものから生まれるということである。そしてこの
「気」というものは、放射性能を固有する流動性のものであるということは、少しで
もこの方面の研究をした人は、既に理解しておられることと信じる。

 これを古来、霊気とか、精気とか、また生気とか称し、更にある一派の哲学者から
は、先天の一気というような特別の名称で呼ばれている。何れにしても、この「気」
というものが一切の生物の生命を生み出し、そして、その生命を活かしている究極的
根源なのである。

 そして、人間の生命も、またこれと同様の原則的事由で形成されているので、人間
が人間の生命のありのままの姿である心身一如を現実にするため、心身を統一した活
き方を行えば当然生命存在の根源をなすところの、この「気」というものの収受分量
が増大されるということになるのである。そして命の力の内容量も、また当然豊富と
なり、それが精神方面に表現すれば心の力となり、肉体方面に表現すれば体の力とな
るのである。こういうわけで、前に述べた人生建設の根本要素となる体力、胆力、判
断力、断行力、精力、能力の六つの力も、またこれに応じて優秀化してくるのも、こ
れまた当然のことである。

 以上が、極めて概略な潜勢力発現の帰納的説明なのであるが、なおこの理解を一層
明確にするのには、例を電気にとって考えて見るのが、頗る適切であると思う。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月18日(木)  心身一如



 言い換えれば、原因を是正しないで、結果の良好であることを望むのは断然無理な
注文であるからである。まして人生というものが、どんなに貴重なものであるかを考
察するならば、一層自己の命の活かし方に対する反省は特に緊要であることが、即座
に肯けると思う。第一自分というものは、絶対に自分一人で他に代わりがない。そし
てその上に、人生はただ一回のもので、二度も三度も生まれ出たり、生まれ変わるこ
とは出来ない。そればかりでなく現在という唯今の時は、再び還って来ない。などと
いう、はっきりした事実を考えれば、何としても人生はたった今から人間に賦与せら
れた法則=道 に則して是正更改すべきことが、どの点から考えても間違いのないこ
とだといえる。そして、真に生きがいのある人生を建設するため、心を心の活きる法
則=道 に、肉体を肉体の活きる法則=道 に順応させて活きるという、心身の統一
された人生生活の実践躬行に、粛然としてとりかからなければならない。

 そこで、それならば、その心の法則=道 および肉体の法則=道 とは、どんなも
のであるかということを説く前に、心身を統一した生活がなぜ潜勢力の発現を現実に
するかという科学的要約を、分かり易い説明で一応略述することにする。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月17日(水)  心身一如



 尤も中には、自分は、決して人間として守るべき法則=道 を没却したり、または
踏み外すようなことは毛頭した覚えはないという人もあろう。然しそういう人に限っ
て、道というものを単に道徳的方面にだけ存在するかのように、極めて狭い意味で考
えて、道とは単に道徳的方面にだけ存在するものでなく、広く人間存在の全般に亘っ
て存在している広義なものだという、道というものの真の消息を正当に理解していな
い。

 然し、そういう人の中にも、もし前に述べた人生建設に根本的に必要とされる六つ
の力のどれかに不足なり不完全を感ずる人があるとしたなら、その人は、取りも直さ
ず、道徳的の道だけを重視して、人間の生命確保に必枢の条件をなすところの、心な
り、肉体なり、そのどちらかの道=法則 を無意識的に没却もしくは踏み外して人生
に活きている人なのである。勿論、人としてこの世に活きる以上、人間として守るべ
き道徳は決してゆるがせに出来ないが、同時に生存確保の道はなお更おろそかにする
ことを許されない。

 実際、このことこそ、自己人生の一切に係わる大問題として真剣に考査すべきこと
なので常に厳格に自己を省察検討しなければならない。

 ただこの場合に於ける自己に対する省察検討は飽くまで厳正公平で、少しでも、自
惚れや、身びいきがあってはならないことは勿論である。

 というのは、多くいうまでもなく、人生とは、飽くまで現実の世界である。即ち自
分が現に活きているという現実が繰り返されている世界である。そして然も、始終、
厳粛な

真理に依って支配されている世界である。従って現実の世界に活きている自分を省察
検討するのに、やせ我慢や、屁理屈や、空威張りや、自惚れで、それを敢て糊塗しよ
うとすることは、何の効果もなく、また一顧の値さえない。

 それ故に、少しでも、自己の体力なり、胆力なり、又は精力、能力或は判断力や断
行力のどれかに、不足不完全を感じたならば、厳格に心及び肉体をそれぞれの法則=
道 に正しく順応して生きることに、飽くまで敬虔であるよう厳かに反省すべきであ
る。即ち、現実の世界のことは、現実の手段以外で解決する手段も方法もないのが、
絶対の真理であるからである。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする