2017年05月12日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月12日(金)  現代人の生活法



 何れにしても、以上四つの生活法は、その何れも、すべて心身の統一されていない
生活法で、人間の本来の面目に即応していない生き方なのである。その証拠には、以
上の生活様式で人生に活きている人達は、何れも日々の人生を、露骨にいえば何とは
なしに、一種の焦燥なり、恐怖なりを心に感じて活きている。即ち、いつ病に取りつ
かれるかも知れないとか、或は忌まわしい不運に陥らねばよいがというように、年中
ほんとうに心のゆったりと落ち着いたことがなく、常に僅かなことにもびくびくいら
いらして、その上くよくよするか、せかせかするか、でなければ始終不平不満を心に
抱いて、ぶつぶつ言い暮らしている。

 それも、人生というものがそうした世界なら、敢て何もいうことはないのである
が、人間の世界というものは、決してそんな価値のない世界ではなく、もっと輝かし
い恵みの漲って居る世界であることを思う時、そうした生活様式が、断然大きな寸法
違いであることが分かると思う。即ち、もっと簡潔にいえば、以上四種類の活き方
は、純正な人間生活からおよそ距離のある間違いであるからである。純正な人間生活
の様式とは、前に述べた「人間の本来の面目に即応した心身の統一された状態の活き
方」なのである。

 それでは、何故に、心身統一された活き方が、最も正しい合理的のものかという
に、それはあえて難しい理論的説明を施す必要もなく、静かに人間の命の「ありのま
まの姿」を見れば直ちに分明すると思う。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月10日(水)  愛鳥週間  現代人の生活法



 現代人の生活法を子細に観察すると、およそ下の四種類に大別される。

 @ 本能本位の生活

 A 感情本位の生活

 B 理性本位の生活

 C 信仰本位の生活



 本能本位の生活というのは、ただ本能の満足のみを目あてにして活きる活き方で、
遠慮なくいえば、純動物的生活ともいうべき頗る価値のない生活である。実際、そう
した生活なら犬や猫でも行っている。

 第二の感情本位の生活というのは、自分の感情の満足のみを目あてとしての活き方
で、何の確たる定見も方針もなく、その日その日の出来心で活きるという活き方、得
てして我が儘な気持ちの人にこの種の人が多い。そして夥しく自制心に欠けている。

 第三に理性本位の生活というのは、前二者の生活よりは、外見的には何となく優れ
ているように見えるが、この生活方式は、ややともすると霊肉の衝突を必ず招き、常
に心身の矛盾と相克のために、形容の出来ない深刻な煩悶や苦悩を人生に感じる、と
いうのは、畢竟幽玄にして微妙且つ複雑多端な人生というものが、ただ単に理智の力
だけでは、到底何とも解決の出来ない場合が多いからである。

 それから第四の信仰本位の生活であるが、それも正しい信仰=正信の生活なら、こ
の四つの生活様式の中で、一番優れたものといえるが、世人の多くのいわゆる信仰と
いうものには、存外正信でないものが多いのは事実である。分かり易くいえば、信仰
から何か代償を得ようという信仰、即ち、神なり仏を信仰して、もっとより良い幸福
や恵みを受けたいという種類の信仰、これは、率直にいえば、決して正信ではなく、
強いていえば疑信というべきで、従ってこういう信仰では、第一信仰の本願というべ
き真の安心というものを、人生に決して感ずることは不可能である。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月8日(月)  長さ・強さ・広さ・深さ



 多くいうまでもなく、修養の途上には、縷々(るる)剣山幽谷がある。まして、過
去の長い間、少しもそうした方面に、意識を向けること無しに生活していた人には、
何しろ今まで秩序のなかった生活から、新しい面目をもつ生活を行うことなので、そ
れ相当の努力を一層必要とするのがこれまた当然のことであるから、予めそれを充分
我が意念として、怠る心に鞭打つ気組みで熱心に実践を継続しなければならない。そ
うすれば必ず追々と所期の目的を達成し得ることは、これ又必至である。要はただ一
心不乱に、一旦実践に志したならば、何かの効果事実を把握するまでは、絶対に中止
しないと、堅く自己自身の心に誓うべきである。

 さて、然らば、その人生至上の実際問題たる潜勢力の発現を現実化するには、一体
どんな手段と方法とを実践上の必枢条件とするか?

 先ず、何を措いても、先決的に必要とすることは「日常の人生生活の方法を、人間
の本来の面目に即応して、絶対に純正化すること」である。即ちこれこそ実に犯すこ
との許されぬその基本条件なのである。分かり易くいえば、多くの人々が現在行いつ
つあるような活き方では、到底潜勢力の発現は、望み得られないのである。

 それでは、人間の本来の面目に即応する絶対的純正生活法とはどんなものかという
と、曰く「心身の統一された生活法」即ちこれである。 事実! これ以外に、潜勢
力発現に関する適切な方法も、手段も、他にないといわなければならない。

 ところが、この峻厳な法則と、事実の上に立脚して、現代人の日常行いつつある生
活法を検討する時、そこにおおむね心身の統一されていないという事実が発見され
る。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする