2017年06月03日

「真人生の探求」(中村天風)

   6月3日(土)  第二章 精神生命の法則



     神経系統の重要性



 さて前章に於いて、人間の生命の本来の面目に則して、心身一如を現実化すために
心身を統一するには、心身を自然法則に順応せしめなければならないと述べた。

 そして、自然法則に順応せしめるには、精神生命と肉体生命の両者の、人生に活き
る際の生活態度というものを、真理に則って正当に決定するということがその.先決
的条件だとした。そして更にその順序として精神生命の生活態度の決定に就いての理
解を先ず述べるといった。

 これは、吾人の生命存在の因由関係からの理由のためで、分かり易くいえば、人生
建設への方法や手段というものは、肉体よりも心の方を先決すべきが、命の活きて居
る状態からいって、絶対に正当であるからである。ところが、何分にも多くの人々
は、この理解に徹底していない傾向が多分にある。そして命というと、即座に肉体だ
けを先決的に重視する。即ち肉体に何らかの方法を施すことが、第一に必要であるか
のように考える。

 これは敢て物質本位の理知教養を受けたためばかりでなく、生命現象の大部分が、
肉体に具顕しているという厳然たる事実の上から、自然とそう考えるという理由も大
いにあるのである。

 それは勿論、生命現象の大部分が、就中特に目に映ずる諸般の生活事実というもの
が、肉体に顕現する場合が多く、即ち、命の活きる役割を、かなり多分に肉体が行っ
ている以上、生命ということを考える時、肉体を重視することに異論はないが、然し
特に慎重考察しなければならぬのはこの点で、その重視さるべき肉体生命の生存と生
活の一切が、なんと心の力と作用とで確保されているという一大事実が、厳として存
在していることに気付けば、何を措いても、心=精神生命の生活態度を第一に正当に
決定することが、人生に対する最も緊要な先決問題だと断定しなければならない。そ
して、これを正しく理解するに必要な智識として、先ず吾人の生命存在の状態、即
ち、命の活きている有様を厳密に観察することである。
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2017年06月01日

「真人生の探求」(中村天風)

   6月1日(木)  精神本位の方法



 さて、それならば、心及び肉体を順守順応せしめねばならない自然法則とは、一体
どんなものかというに、先ず知らねばならぬことは、

 ○精神生命と、肉体生命の生活態度の決定

ということがその先決的条件である。

 兎角、人々の多くは、この大切な条件を案外重視しない傾向があるが、かりにも、
人生をより良い状態にしようとする者が、特に留意しなければならないのは、この条
件の決定なのである。かりに一軒の家を建てる際にも、先ず必要なことは、第一に正
しい設計である。これと同様で、人生建設もまた、この原則を無視することは、断然
許されないことなのである。それではどんな生活態度が、第一に決定されなければな
らないかというと、先ず順序として精神生命に対する生活態度から述べることとす
る。
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2017年05月31日

「真人生の探求」(中村天風)

   5月31日(水)  精神本位の方法



 それでは、心身統一を期成するのに必要とする心の道及び肉体の道とは、一体どん
なものかというと、総括的にいえば、心も肉体も恒に厳格に自然法則に順応せしめる
ことである。これは何も特別の説明をするまでもなく、自然界に生命の存在する以上
は、終始自然界に現存する自然法則の支配を受けているから、一歩と雖もその支配の
埒外に踏み出すことを許されないという自明の理由があるからである。ところが遺憾
ながら、文化の民族ともあろうものが、事実に於いて、現在自分がこの自然界に生ま
れ、この自然界に活きつつあるにもかかわらず、自然界にどんな法則があるかを知ら
ずに、漫然として活きている人が、現に相当多い。考えても見るが良い。人間同士が
その集団生活の秩序と安寧とを保持するために、人為的に作成した法律規則でさえ、
これに背反すれば必ず罰せられる、このように人間の作った法則にさえ、その背反に
対する償いの制裁のあることを思う時、人間以上の造物主の作った自然界に実在する
法則に順応せず背反すれば、忽ち何らかの掣肘をその生命存在に受けねばならぬこと
は、当然のことである。

 尤も、人間の作った法律規則は、成文律のことであるから、文字を通じてこれを知
ることが出来るが、自然界に在る自然法則というものは、不文の律なので、文字を以
て予め人の理知に入れられていないから、或る程度の研究を施さないと分明しないと
いう理由もあるが、然し、かりにも、真に人生を愛し、正しく人生を考えようとする
者は、是非共これを知得して置くべきが、人生に対する当然の責務であり、かつまた
聡明な準備である。
posted by 林田カイロプラクティック院 at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする